トトの街を襲って、ジョウイを助けてくれたピリカのお父さんとお母さんを殺して、ピリカに悲しい思いをさせて。
リューベの村を、何て酷い、確かにそう言えるやり方で焼き討ちしたルカさんが、傭兵砦を攻めに来て。
ピリカを殺そうとしていたルカさんと、僕とジョウイは初めて真っ向から対峙した。
……こんなに恐ろしい人が、この世にはいるんだ……って。
あの時僕はルカさんを見て、そう思った覚えがある。
恐い人。何て、恐い人なんだろう。
でも、何て、可哀想な人なんだろう。
…………そうも思った。
けれどあの時の僕には、それ以上のことを考えてる暇も余裕も何処にもなくって、唯、ユニコーン隊の皆や、ポールや、傭兵砦の皆を殺したルカさんが憎くって、でも、僕達が勝てる筈もなくって、結局、何度も何度も繰り返されて来たみたいに、ビクトールさんとフリックさんに助けて貰う形で、命拾いをして、逃げた。
天山の峠を逃げ出した時みたいに、キャロに帰るんだって傭兵砦を逃げ出した時みたいに、スパイってことにされてキャロから逃げ出した時みたいに。
……唯、逃げて逃げて、何処までも逃げるしかなくって……。
悲しかった。
どうして、こんなことになっちゃったんだろう、どうして、僕達は逃げなくちゃいけないんだろう……って。
それだけが唯、悲しかった。
──だから僕は、何も言えなかった。
ルカさんに襲われて言葉をなくしちゃったピリカに引っ張られるまま迷い込んだ、トトの村の祠の向こう側で、レックナート様……に出会って、紋章がどうのこうの、僕には何を言われているのかさっぱり理解出来なかったことを、つらつら……って語られて……でもジョウイが。
かつて、ゲンカクじいちゃんとハーン・カニンガムって人が分け合って、でも一つにすることは叶わなかったって、悔恨の碑が残る場所に眠っていた、輝く盾の紋章と、黒き刃の紋章──則ち『始まりの紋章』を、宿そうって。
弱い僕達には『力』が必要だから……紋章を手にしよう……って。
ジョウイがそう言って、僕を説得した時。
僕には何も言えなかった。
今の僕には、守りたいものがある。その為には力が必要なんだ……って。
ジョウイは、そう言ったから。
──力が必要なら。
僕はそう言って、じいちゃんも宿してたことがあるっていう、輝く盾の紋章を、僕の右手に宿した。
大切な人を守ることも出来ない僕達の弱さは、罪悪に等しい。
……そう言いたげなジョウイに。
逃げるしかない自分が、悲しくて悲しくて仕方なかった僕は、何も、言えなかった。
ジョウイみたいに、力が必要ならって、そう思うしかなかったし、あの時の僕には、確かにそう思えた。
────今にして思えば。
気が付けば良かったんだと思う。
あんなに優しかった、苛めっ子に苛められたって、殴り返そうなんてしたことのなかったジョウイが、何処か…………そう……言葉で言うんなら、目の色を変えて、勢い込んで、『力が欲しい』、そう言った時。
僕達の周りは、ゆっくりと、壊れ始めていたんだ……って。
ジョウイが、僕とナナミの目の前で、アナベルさんを殺したあの時、決定的に、僕達の周りの何かが壊れた……なんて、ぼんやり考えることになる前に。
僕は、気付くべきだった。