天牙棍を振り上げるか、はたまた、右手の紋章を輝かせるか。
その何れかの方法で、フリックに『制裁』を下しそうな勢いになったカナタを。
「それこそ、それくらいにしといてやれよ、カナタ」
まあまあ、とビクトールが宥め。
「確かにセツナには、素直、とか、可愛らしい、とか、愛くるしい、とか、純真って言葉が似合うなって、感じられたのは事実だ。俺だって、そう思ってたしな。『最初』は」
相棒の言ったことの、全部が全部を否定はしないぞ、と傭兵は言った。
「ビクトール、それ、間違ってるよ。セツナは、今だって素直だし、可愛いし、愛くるしいし、純真だよ。今のビクトールの言い方じゃ、今となってはそうじゃないみたいに聞こえるけど」
『最初は』の部分にやけに力を込めて言ったビクトールに、カナタは噛み付いた。
「………………何処が?」
「全部」
「…………はいはいっと……」
「でも、そんなセツナを捕まえて、よく、同盟軍の盟主に、なんて言ったね、シュウ。ゲンカク老師の義理の孫息子ってことと、輝く盾の紋章の継承者だってことを鑑みても、普通は戦いのことなんて何も知らない、言ってみれば『子供』に、一軍の主を、とは言わないけど」
セツナが、如何に愛すべき存在か、真顔で語ったカナタに、やってられねえ、とビクトールは呆れ、匙を投げた相手を放り出し、カナタはふと、シュウへと視線を向けた。
「…………なら、お尋ねしますが。マクドール殿? 貴方が私の立場だったら、どうしました」
「僕が貴方の立場だったら? 勿論、一も二もなく、セツナを盟主にしたよ。同盟軍の正軍師って立場に、僕があったなら」
「それが、答えでは?」
「……まあね」
何故、セツナを盟主に推したのか、その問い掛けをシュウにしたら逆に問い返されて、選択の余地はない、と言外に告げれば、意を得たり、そんな顔を軍師にされ。
カナタは肩を竦めた。
「…………お前、な……」
故にフリックが、非難するような眼差しを、カナタに向けたけれど。
「仕方ないじゃないか。軍師ってのはそういう仕事だし。ゲンカク老師の孫息子であったこと、輝く盾の紋章を継承していたこと、この本拠地を守る為に行われた最初の戦で兵士達に英雄視されたこと、そして、この少年の為なら、如何なる手でも差し伸べて共に戦いたいと、人々に思わせて止まない彼の資質、それを考えたらね。…………仕方がないよ。僕がシュウと同じ立場にあったら、僕も彼を盟主に推した。僕の感情を消し去ってでも。………………何よりも、彼は。天魁星、だったのだから。空を先駆けて、人々を導く星の許に生まれたのだから。天魁星である彼以外、この軍の盟主は務められなかった筈だよ。僕個人がそれを……どう思おうとも」
天魁星、という星の許に生まれたということは、そういうことだ……と、カナタは『綺麗』に、笑った。
「それに」
微笑んで、言葉を収めた彼の後を、シュウが引き継ぐ。
「どうか、盟主にと、そう請うた時。盟主殿も流石に、一晩悩まれた様子でしたが、翌朝には、随分と『頼り無げ』に微笑んで、いいよ、と答えられて……が、その時、面白いことを言われて」
「面白いこと?」
「ええ。『僕が戦うことで、僕や、僕の周りの人が幸せになれるなら、盟主になるよ』。……そう仰られた後。『でも、御人形のような「王様」は嫌だから、僕は戦場に立つからね。僕に出来ることは僕がするけれど、僕に出来ないことは、僕はしないよ。皆の後ろに隠れて、ああしろ、こうしろって言うだけの盟主なんて絶対ならない。僕は、僕のやりたいようにやるから。だけど僕、何にも知らないから、宜しくね』…………と。そう、きっぱりと、盟主殿は宣言された。……ですから、例え盟主殿が天魁星ではなかったとしても、ゲンカク老師の孫息子でなかったとしても、輝く盾の紋章を宿していなかったとしても。私は盟主殿を、盟主殿と仰いだでしょう」
「………………セツナらしい、と言うか……。成程な……。『だから』、一兵卒の幼い少年が、盟主となって戦場の先頭に、か………」
盟主を引き受ける、とセツナが言った時の台詞を、一言一句違えずに、シュウがカナタへと告げれば。
黙ってそれを聴いていたルカが、成程、と何かを納得したように頷いた。
「盟主殿の『立場』──ゲンカク老師の孫息子であり真の紋章の継承者である、という立場を、計算に入れたのは確かですから、それを利用しない手はない、そう思ったのは否定しません。……でも、それでも。その計算以上の何かが、盟主殿には……」
随分と妙な軍だと思ったが、これで納得がいった。……そう呟くルカに、苦笑を送ってシュウは。
セツナがセツナだったから、だから盟主に据えたのだ、と告白し、何時しか空になっていたカナタのグラスに、酒を注いだ。