何も彼もが、後悔ばかりだった訳じゃないけれど。
悔いたい、そう思うことの方が多かったのは確かだ。
酒を友にしたのも、ひょっとすると、悔いたい、それが理由の一つだったのかも知れない。
もしかしたら自分は、酒を友にしたのではなくて、酒を友にした振り、をしていただけだったのかも知れない。
…………果たして。
後悔の源、それは、何処にあったのだろう。
後悔の源、それは一体、何だったんだろう。
何を源に、何を想い、何を悔いて、何を望んで、自分はあの少年に、手を貸したのだろう。
──全てが『純粋』じゃなかった、そんなことは判ってる。知り過ぎてる。
だから、あの少年に対する『それ』も又、『源』の一つなのだと思う。
でも、彼は。あの少年は。
…………こちらの全てが『不純』なら、あの少年の『それ』も又、或る意味不純だ。
あの彼の想いは、確かに純粋なものだけれど、控え目で、大人しくて、壁の花のような彼が、己自身のみを軽く扱うあの様は、不純の一つ、と言えるのだと思う。
……いや、不純ではなく、『我が儘』、なのかも知れない。
けれど、ヒトなんて所詮、誰も彼もが我が儘な生き物だから。
彼のそれも又、それでいいのかも知れない。
自分のこれが、これでしかないように。これでいいのだと、そう思えてきたように。
………………有り難う。
ラズリルの海上騎士団の、正騎士となってから、クールーク皇国の、エルイール要塞を攻め落とすに至るまでを振り返れば、それは、たった数ヶ月足らずのことで、日々が、余りにも駆け抜けるように過ぎ去ってしまったからなのか、去った日々の終わり、難攻、と言われた石造りの要塞に乗り込んで、敵兵を倒して、全ての黒幕だったらしいグレアム・クレイと、グレアム・クレイが呼び出した……のだと彼には思えた、巨大樹も滅ぼし、…………でも。
彼──南侵政策を進めようとしていたクールーク皇国と戦う為に集った、この群島に住まう者達で成り立っている連合軍の軍主、ヨミには。
罰の紋章を宿したことや、ラズリルを追われたことは兎も角、連合軍の軍主となったこと、そして、巨大樹を倒したこと、それ等に、今一つ、実感が伴わなかった。
軍の本拠となった、巨大船に乗り込んでからの日々や、先程終えたばかりの戦いを、夢の世界で繰り広げられた如くの出来事、とは、ヨミとて思わない。
全ては確かに現実だと、彼自身、そう受け止めているし、出来事を、どうにも手に取れない、という訳でもない。
但、自ら『そこ』を進んで来た感よりは、背中を押されて『そこ』を進んで来たような感が、ヨミの何処かにはあって、目の前を流れて行く風景と、己の中の体感が、量で表すなら三分の一程度、重なり合わない気がしたから。
『そこ』を歩くのを選んだのは、紛うことなく自分で、自身の足でしっかりと、その為の道を歩いた筈で、誰に何を言われた訳でもないし、そうやって日々を送ることは確かに、自分にとっての幸せだったのに、何故だろう、と。
轟音を立てて揺らぎ始めたエルイール要塞を背に負い、本拠である船目指して駆けながら、ヨミはそんなことを思っていた。
──大切な人達の為に戦うこと。
それは、幸せの一つだった。
柔らかく微笑み掛けてくれる人達、慕ってくれる人達、そうっと、さもなくば乱暴に、頭を撫でてくれる人達。
そんな人達の為に、そんな人達の求める海が、穏やかな平和を取り戻すなら、それでいい、それが、幸せ、と。
……戦うことは、苦にはならなかった。
辛いと思ったことも、正直、余りない。
何処かで、それを、当然のことと受け止めていた。
…………怖くない、と言ったら、偽りだ。
でも、それでも。
自らの命を懸けることも、罰の紋章を振るうことも、苦にはならなかった。
それを、辛いと思ったことも。
けれど。
だと言うのに、何故。
目の前を流れて行く風景と、身の内に沸き上がる体感の全ては、ぴたりと重なり合わないのだろう。
何処で、何が、どれだけ。
欠けてしまったのだろう。
……続く、狭い階段を駆け下りながら。
ヨミは一人、そんなことを。
──彼が今、脳裏に描くその想いを、共に駆ける者達誰一人として、気付きはしないのだろう。
リノ・エン・クルデスも。キカも。そして、テッドも。
三分の一程がずれた、彼の想いも彼の見遣る世界も、気付くことなく。
…………そうして、そんな中。
走り続ける彼等の背後で、エルイール要塞は瓦解を始め、轟音響く岬に立ち籠めた深い霧は、ゆらゆらと流れ、『全て』を取り巻く、海、は。