その時の、ヨミの様子、ヨミの告げた言葉、それが少々、意外だったから。

「……もしかしてお前、俺の紋章のことが気になるのか?」

テッドは、漸く黒い水面から視線を外して、傍らのヨミへと眼差しを流した。

「俺の、ソウルイーターのことが、知りたい、って?」

「そうじゃないんだけど……。あ、でも、そうかも……」

「どっちなんだよ」

「……知りたくないって言えば、嘘になるけど。テッド君が言いたくないって言うなら、別に……っていう程度、かな。……今、言ったみたいに。テッド君は、『紋章』を宿してる、『僕以外』の人だから。一寸だけでも話をしてみたい、ってそれが、多分本音」

「…………ふうん……。話? 紋章の? 結局、何をどう言ってみたって、同じことだろう? 紋章を宿してる俺の話を聞きたいってのは、俺の紋章の話を聞きたいってのと、大差ないじゃないか」

どう、受け取り方を変えてみても。

テッドにはどうしたって、ソウルイーターの話を聞きたい、としか聞こえて来ないヨミの言葉に肩を竦めてみせて。

彼は又、ヨミから水面へと、顔の向きを戻した。

「……まあ、そういうことになるのかな……。……うん。そうかも。────ねえ、テッド君」

どんな言い回しをしようが、ソウルイーターの話なんて俺はしない、との態度を、テッドが見せつけても。

自分から逸れて行ってしまったテッドの瞳を追い掛けつつ、めげることなくヨミは、彼の名を呼び。

「……何だよ。お前のしたい話に、俺は付き合えない。判ったら、とっとと部屋に戻って寝ろよ」

「…………あの、さ」

「……………………だーーーからっ。何だっ」

「テッド君って。本当は、歳幾つ?」

こんなことを、尋ねてしまっても大丈夫なのかな……とでもいう風に。

窺うようにヨミは、テッドの瞳のみを見詰めて、言った。

「……お前、何言ってんだよ。人の年齢なんて、見たまんまに決まってるだろ。お前とそんなに変わらない、俺の歳なんて」

問われた、ことに。

一瞬、ドキリと心の臓が跳ね上がったのを、何とか押し隠して。

テッドは、ヨミからも、見詰め続けていた水面からも、顔を背けた。

「…………本当に?」

彼のその態度から。

それは嘘だ、と断じたように、ヨミは語尾を上げた。

「…………何が言いたい?」

「……この間、ね。図書室で、ターニャが持ち込んだ本、色々、見せて貰ったら、書いてあったんだ。……二十七の真の紋章は、宿した者に、不老を与えるのが一般的だ、って」

「だから?」

「…………だから……もしかしたらテッド君は、もう随分と長く、その紋章を宿してるのかな、って。……不老に、なって」

「……………………もしも。もしも、そうだったとしたら? ソウルイーターを宿した所為で、俺が不老になってて、俺のこの見掛けよりもずっとずっと長く、俺が生きて来たんだとしたら。どうなんだよ」

「……訊いても、いい?」

「…………何を」

「二十七の真の紋章って。…………どうして、『こう』なんだろうね」

語尾を持ち上げた、ヨミのその言い方が、少しばかり癪に障って。

トーンを荒げてみたら。

そのような問いが、投げられテッドは。

「それ、は…………」

言葉に、詰まった。

「………………御免。謝る。忘れて」

テッドが、返す言葉を選び損ねたのに気付いて。

失言した、そんな顔付きになったヨミも、彼から視線を外し、夜色の、水面を見詰め始めた。

「……ヨミ」

結局の処。

ヨミが一体、何を言いたかったのか、テッドには良く解らなかったけれど。

彼は、相手の名を呼んで。

「俺の紋章は。生と死を司る紋章は。他人の魂を喰らう。俺に近しい奴、俺の大切な奴、そんな人間の魂ばかりを好んで盗んで、喰らう。……そういう紋章。お前とは、正反対の紋章。お前の紋章が、お前自身を削るように、俺の紋章は、俺以外を削る」

……何故か、その時テッドは。

それまで、頑に語ろうとはしなかった、自身の紋章のことを語っていた。

「…………そう、なんだ……」

テッドが語った、魂喰らいの正体を聞き。

何と言ったらいいのか判らない風に、ヨミは益々、背中を丸めた。

「そう。そういう、紋章。…………なあ、ヨミ」

「……ん?」

「どうして……。どうして紋章は、『こう』なんだろうな」

身を縮めた彼へ。

己へ投げ掛けられた問いを、テッドは投げ返し。

「…………もう、寝ろよ。俺も部屋に帰る。紋章持ち同士の話は、これで終いだ」

ヨミよりの言葉を待たず、彼を追い払う為の科白を、早口にテッドは告げた。

「……うん。お休み、テッド君」

先程は無視し続けたそれに、今度はヨミは大人しく頷き、水面を見遣ること止めた彼は、踵を返し、甲板と通路を繋ぐ、扉の前へと向かい。

「あ、ヨミ」

「何?」

「俺のこと、一々、テッド『君』、とか言うの、止めろ」

事の次いでのように、振り返りもせずテッドは、呼び止めた彼へ、そんなことを言った。

「…………判った。お休み、テッド」

だから、ヨミは、僅かに瞳を細めて、テッドへの言葉を言い直し。

片手を上げる仕草のみで、テッドは彼を送った。