「嘘吐いてませんね?」

「……吐いてないってば」

「ほんっとーーーに、本当ですね? 誤魔化し、なしですからねっ!」

「ああ、傷付くなあ……。僕、そんなに言われる程、セツナに信用ない? 僕のこと信じてるって、当たり前だ、って、セツナ、そう言ってくれたのにねえ……。ああ、心が痛む」

「…………それとこれとは、話が別です」

「何処が違うの? セツナ。もう、僕のこと、信じてくれないんでしょ? しつこい程、嘘吐いてないか、って尋ねるんだから」

「信じてますっ! 信じてますけどっ! カナタさんのこと、これっぽっちも疑ってなんてませんけどっ! ………………嘘、吐いてませんね? もう、平気ですね?」

「……はいはい。判ってます。僕も、セツナのことは信じてる。嘘は吐いてない。もう平気。何処も痛くないし、具合も悪くない。誤魔化しも言ってない。……だから、いい加減、勘弁して」

──クナン地方の草原の片隅にて。

やたらと物騒な八つ当たりをかまそうと、カナタが右手の魂喰らいを解放するという出来事を引き起こしてより数日後。

リコンの町を経由し、南西へと進んだカナタとセツナの二人は、もう間もなく見えて来る、ソニエール監獄の『跡地』を目前に、街道の片隅で、『口喧嘩』を繰り広げていた。

幾ら尋ねてみても、あの時、魂喰らいの冥い光の向こう側に何を見たのか、魂喰らいが伝えて来た『真意』とやらは何だったのか、カナタをして、『予想外』と言わしめたことは何だったのか、それらを、唯一知るだろう当人は、はぐらかして語ってはくれなかったから、もうそれらに頓着するのは止めようと、すっぱり、セツナは諦めたけれど。

それはそれ、これはこれ、と言う奴で、世界各地に数多ある、『怪談話』に基づいて考察した場合、墓場とか、古戦場とか、監獄とか言った、凄惨な出来事があった場所に近付くと、怨念を抱えた死霊の影が、『視える人には視える』というのが相場だから。

今はその、『視える人』の部類に入るカナタが、このままソニエール監獄を目指しても平気か否か、今、具合は悪くないか否かを、くどい、とカナタが顔を顰める程、セツナは幾度も確認しようとしていて。

問い詰められているカナタは、うんざりとしながら、セツナの確認を聞き流していた。

「……なら、信じてあげます。でも万が一、嘘だったりしたら、僕は知りませんからね。もー、カナタさんの面倒なんて、見てあげないんですからね」

────百年もの年月。

毎日毎日、来る日も来る日も、セツナとて、唯にこぱっと、脳天気にカナタの顔を眺め続けて来た訳ではないから。

己の、しつこいまでの確認を、恋人が聞き流しているのを、ちゃんと判っていたのだろう。

そうまで言うなら信じてあげないこともないけれど、でも、と。

ギロッとセツナは、睨み付けるようにカナタを見上げた。

「ん、もう……。僕のこと、心配してくれるのは嬉しいけ…………────あ、セツナ。もしかして、この間僕が具合悪くしたの、そんなになる程びっくりすることだった? あんな姿、僕がセツナに見せたの初めてだったから、不安になっちゃった? それで、そんなにしつこいのかな。………………ほんっとーーーに、可愛いね、君は」

そんなセツナの視線を、大仰に肩を落としつつ受け止め、が、ふと、うんざりとした顔色を塗り替え、にやっと、意味深長にカナタは笑った。

「…………僕、喧嘩売られてますか?」

「まさか。僕が君に喧嘩なんて。……ああ、手合わせしたいの? セツナ。相手、してあげようか?」

「そーじゃありません…………」

「そう? 遠慮することも、照れることもないのに」

「照れてませんっ! 遠慮もしてませんっ! 何がどうしてどうなったら、そうなるんですかっ! 今更僕、カナタさんに遠慮も言いませんし、照れてみせたりもしませんーーっっ」

「………………ふーーーーん。じゃ、もう、寝台の中でも照れない?」

「…………だから、そーじゃなくって…………。────も、いいです……。行きましょっか……」

……色々、諸々。

多分、はぐらかされているんだろうな、と判ってはいても。

もうこれ以上この人と、こんな会話を展開しても、勝ち目は何処にもない、とセツナは、端で聴く者がいたら、じゃれ合い、としか受け取ってくれぬだろうやり取りを切り上げ、悟りの境地に達したような目をして、荷物を抱え直し、留めていた足を再び動かした。

「そうだね。先を急ごうか」

諦めの雰囲気を、背中一杯に背負って、とぼとぼ、そんな風に歩き出したセツナの後を、ケロっと、湛えた穏やかな微笑みも崩さぬまま、カナタも追った。

「…………勝てない……。百年経っても、勝てない……。口でも、手合わせでも、カナタさんに勝てない……。悔しい……悔し過ぎる…………」

「この間も、そんなこと言ってたけど。セツナ、本気で、未だ僕に勝つ気でいるの?」

「当たり前です。何時かは一矢報いないとっっ。やられっ放しじゃ男が廃りますっ!」

「男が廃る……ねえ……」

「……何か、言いたそうですね、カナタさん」

「……いや、その。男が廃るって言い回し、セツナには似合わないなー……って」

「…………僕だって、男の子で……じゃない、男ですっっ。そろそろ、百二十歳になろうかって男ですっっ」

「うん、知ってる。セツナが『男の子』だってことは、よーーーく知っているよ。そりゃーもー、隅から隅まで、男の子だよねー。……何なら、今夜『も』確かめてあげようか?」

「慎んで、遠慮させて頂きます」

「おや、つれない。ま、いいけどね、僕は別に。確かめるのは僕の勝手だし」

「………………勝てない……。やっぱり、勝てない…………」

────見るからに、のんびり、と言った風情で。

クナン地方の街道を歩きながら彼等は、再び、身も実もない会話を繰り広げ。

ある一点を境に、唐突に彼等は……否、正確にはカナタが、街道より外れ、それに従いセツナも又、道を逸れ。

雑草に被われて久しい、今はなきソニエール監獄へ、百年前は続いていた旧道へ二人は分け入り、長らく進み。

「やっと着いた。……ほら、あそこだよ、セツナ」

セツナの服の袖を引きながら、立ち止まったカナタは。

やがて、ぱあ……っと眼前に広がった、『何もない』草原の一画を、指し示した。

百年前の、あの頃。

どうしても、自身には赴くこと叶わなかった場所の一つが、ここにある、と。

セツナをからかっていた時のままの表情で、口調で、事も無げに。

楽しそうに笑いながらセツナを見下ろし。

彼はそう言った。