様々な理由により、鬱してしまいそうになる谷の直中で、『再会』を祝ってみても仕方ないから、と。

彼等はシークの谷を出て、竜洞騎士団本拠地である城へと戻り。

借り受けた城内の一室にて、テーブルを挟んで向き合った。

そうするや否や、

「落ち着くねえ」

……と、女中が運んで来てくれた、暖かい紅茶のカップを取り上げ、一心地付いたように、カナタはのほほんと言ったけれど。

ルックは、のんびりティー・タイム、と洒落込む気分には、到底なれなかったらしく。

「…………何であんなことしたのさ。まさか、と思ってあの草原まで行ってみれば、二人とも消えた後だったし。この百年で、そういう知恵『だけ』は付いたのか、二人の紋章の気配、上手く消されてたから、探すのも容易じゃなかったしでっ。僕がどんなに苦労したか、判ってるワケっ!?」

机を叩かんばかりの勢いで、魔法使いは、『伝説の英雄』へ怒鳴った。

「判らない」

「……カナタ……。僕と本気でやり合いたいとでも言うの?」

「そんなつもりはないよ。喧嘩を売っているように聞こえたのなら、心外だね。幾ら僕でも好き好んで、真の紋章宿した者同士の本気の喧嘩なんてしたいとは思わない。──さっきも言ったろう? まあ、トラン国内で魂喰らいを使えば、僕等が今はこの国にいるんだな、程度のことは、ルックには判ると思ってたけど。あれの何が、ルックが血相変えてやって来る程のことだったのか、僕には理解出来ないからね。ルックの苦労も、察することは出来ないね」

だが。

ルックが憤りを露にしても、カナタの態度は変わらず。

「まあまあ、ルックも落ち着いてよー。……カナタさんもカナタさんで、もーちょーっとですね、穏便な物言いを……──

──大体っ! セツナ、君も君っ!」

険悪そうな雰囲気になった二人の間に入ろうと、ほえほえと口を挟んだセツナに、ルックの鉾先は向いた。

「え……」

「幾ら君がお馬鹿でも、百年も只馬鹿面晒したままカナタと付き合って来た訳じゃないだろっ。お馬鹿でもお馬鹿なりに、カナタの扱い方くらい、判ってるだろっ! 何で止めないのさ、この穀潰しが魂喰らい使うのっっ!」

「……そんなこと言われたってーーーーっ。僕が、カナタさんに勝てる訳がないじゃない…………」

故に、ガアっと喚かれたセツナは、ぶちぶちと呟きつつ、上目遣いにルックを見上げ。

「ルック。セツナに八つ当たりしないでくれないかい?」

よしよし、とカナタは、しっかり己を棚に上げ、セツナの髪を撫でて宥めた。

「………………この……馬鹿達は…………っ……」

そんな二人を、ギリっと唇を噛み締めつつ、ルックは睨んだけれど。

こんな話をしていても、馬鹿馬鹿しいだけだ、ということに気付いたのか、さっさと気分を変えて彼は、カナタへと向き直った。

────カナタ」

「何か?」

「君が、魂喰らいなんか解放してくれた所為で、とばっちりを喰らったんだよ、僕は」

「……とばっちり?」

「そう、とばっちり。──十日程前。君、何で、魂喰らいなんか解放したのさ」

姿勢を正して向き直り、表情を変え。

ルックがカナタへと言い出したことは、とばっちり、の一言で。

「…………何で、と言われても。何時もと大差ない理由だけど?」

眉を顰めながら、カナタは怪訝に答えた。

「……嘘だね。だとしたら、説明が付かないじゃないか」

すればルックはげんなりと、嫌そうに顔を歪めて。

「嘘? 何故、僕の言うことを、嘘だと? 説明が付かないとは、どういう意味だい? ルック」

「十日前。君が、『そいつ』を好き勝手に暴れさせた後。何でなのかの理由は僕にも判らないけれど、レックナート様が、やけに深刻な顔付きで、あんたの紋章がどうのこうのと言い出して、散々っぱら、ぶつぶつぶつぶつ、何言ってたんだか良く判らない独り言零した後、あんたを探して来いって、僕に言付けたんだよ。それで僕は、あんた達の後を追い掛け回す羽目になって、こんな所まで……」

益々、眼差しの鋭さを増しながら、彼はカナタに愚痴を零し始めた。

「彼女が? 僕を? どうして?」

「知らないよ、そんなこと。レックナート様は、何も教えてはくれなかったんだから。……唯。レックナート様がわざわざ、君を捜して来いなんて僕に言ったってことは、尋常じゃない理由で、君が『そいつ』を解放した以外の理由、僕には想像付かないからね。だから、さっきの君の答えは、嘘だろう、って。そう言ってるんだけど」

「……………………。……最初に断っておくけどね、ルック。十日前、僕は、『何時も通り』と大差ない理由で、魂喰らいを起こした。それは決して、嘘じゃない。…………でも、だとしたら何故、彼女は僕を…………?」

「だから、知らないってば、僕は」

「魂喰らい──生と死を司る紋章は、人の生死──魂を左右する力を持っている。こいつにはこいつの『好み』があるらしいけど、生き物の魂を喰らうのはこいつの理で、こいつはそうやって、存在し続けて来た筈だ。僕がこいつを宿す以前も、確実にそうであった筈だし……、僕だって。トランの時も、デュナンの時も、その後も。必要があれば、戦いの中でこいつを使って来たし、相手が魔物であろうと人であろうと……正直、ぞっとする話にもならないが……魂喰らいは……いや……僕は数多の生命を、こいつに喰わせて来た。十日前の、あの時も。なのに、今更……?」

────ルックの言い分を聴いた途端。

セツナを慰める為に浮かべていた、柔らかい表情を消し去り。

カナタは、何の気配も窺えぬ面になって、矢継ぎ早に、ルックへと語った。

「…………あれ? この間、カナタさんが呟いてた……ほら、あそこで魂喰らい使った時に呟いてた、『何故だろう』って、今のルックの話と、関係あることじゃないんですか?」

と、二人の会話を黙って聞いていたセツナが、ん? と首を傾げた。

「え? ……多分、あの時僕が呟いたことと、この話は全く関係ないと思うよ。……うん、あれは、『そうじゃない』。でも、セツナ、何でそう考えたの?」

「ルックが今言ってたこと聞いてて、ちょっろっとだけ、もしかしたらー、って思っただけなんですけどね。『何時も』と大差ない理由で魂喰らいのこと起こしたのに、何かが『何時も通り』じゃなかったの、カナタさんには判ったからなのかなー、って思ったんですけど……違うんですかー」

「うん。魂喰らいを叩き起こして、そして使ったこと『には』、何処にもおかしなことなんてなかった。今までと、何一つ変わりはないよ」

「……そうですか。…………あ、でも」

「……でも? 何?」

「今までと、この間のと。一つだけ、違うことありますよ」

セツナがした問いに、誤摩化しを織り交ぜつつカナタが答えれば、何だ、と、つまらなそうに、問うた当人は呟き。

「何が」

「魂喰らいが手を出した『相手』が、何時もとは違いましたよ。……今まで、魂喰らいが手を出したのって、生きてる人の魂って言うか、命って言うか、ですよね。でもこの間カナタさんが、八つ当たりっぽくやっちゃった時の相手って、『お化けさん達』ですよ。もう、死んじゃってる人達」

ほわほわと微笑みながら、カナタとルックを見比べつつ、告げた。