「は? 『お化け』? ………………幽霊、ってこと……?」

十日前のあの時、魂喰らいが手を出したのは、『お化けさん達』だ、とセツナが言った途端。

ルックは、きょとん、とした顔になった。

「……あ、そう言えばそうだったな……。でも……あれは……そもそも、あれが本当に霊魂だ、と言うなら…………──

一方カナタは、ああ、そうか、その違いがあったねと、いい子、そんな風にセツナを撫で、物思い顔になり。

そのまま一人、思考に走り出そうとしたが。

「幽霊……って……。一寸、何がどうなってるのさ、カナタ」

「ああ、実はね…………」

セツナの言うこと、カナタの言うこと、それが汲めないルックが、苛々とした声音で以て、事情を語れと促して来たので、この数年の間に、何故か、幽霊、と言われる存在が視えるようになってしまった成りゆきを、カナタは掻い摘んでルックに聞かせた。

「ふうん……。それで、魂喰らいを、ね……」

掻い摘んで、と言っても、少々時を要した説明を聞き終わり、ルックは、納得がいったような顔になったが。

「一寸、セツナ。お茶淹れ替えてくれって、さっきの女中に頼んで来てくれない? 冷めた紅茶なんて、僕は飲みたくないんだよ。お馬鹿な君と、そこの穀潰しの所為で、僕は遥々、こんな所まで来る羽目になったんだから、それくらい、してくれるよね」

ふと、慇懃な態度で彼は、セツナへ視線を流し、頼み事をした。

「相変わらず、素直じゃないよね、ルックってー」

余り、頼み事には相応しくないルックの物言いに、それでもセツナはにこにこと立ち上がり。

「一寸行って来まーす」

カナタに断わりを入れて、紅茶のポットを手に、部屋を出て行った。

「…………聞かせたくない話かい?」

はいはい、と、右手をひらひらさせながらセツナを送り出し、彼の姿が消えるや否や、カナタはルックを見遣った。

「レックナート様の態度と、君の紋章の話は、一先ず棚上げにするよ、訳が判らないからね。だからそれよりも、今の話。──……さっき、言ってたよね。幽霊、と言えるだろうモノが視えるようになった原因が、『そういうことなんだろう』ってのに気付いたのは、百年以上前の、シエラの話からだ、って」

故にルックは軽く頷き、セツナをわざと追い払ったのを認め。

ぼそり、小声で語り出した。

「ああ。何時だったかセツナが、『お化けさん』と話をするにはどうしたらいいかって、デュナンの城にいた皆に、訊いて歩いたあの時の、シエラの話からね」

「セツナの記憶が正しければ。あの吸血鬼、『真実あれが、魂喰らいを従えること叶っておるなら、それくらい、容易であろうよ……否、何れ、容易になるであろうよ』……って、そう言ったんだろう?」

「………らしいね」

「でも……、カナタ? 君、魂喰らいを真実従えること、叶ってるの? ……まあ、ね……君のことだから、そこそこ上手い折り合いを、『そいつ』とは付けてるんだろうとは思うよ。あの頃から、そうだったしね。だけど……、『本当の意味』で、どうなのさ。……未だ、下手を打てば『そいつ』、セツナのこと……」

「……………………多分」

「なのに、幽霊かも知れないモノが、視えるって? 連中の、生前の『痛み』さえ伴って。……どういうこと? 矛盾じゃない? それって。勿論、シエラの言ってたことが、間違ってるって可能性も残されてるけど。でも、それが真実『矛盾』だとしたら。……魂喰らいって、一体、何…………?」

ルックより、低く伝えられ始めたことは。

こうしている今でも魂喰らいはセツナのこと──カナタにとって、最も大切である存在、則ち、極上の『餌』と看做される魂を、『諦めてはいない』だろろう、との話で。

それをとば口にルックは考えを語りながら、判らない、と肩を竦めた。

「さあね。それは、僕にも解らない。…………そもそもね、ルック。始めから何も彼も、『矛盾』ばかりなんだよ。今回のことも、これまでのことも。矛盾ばかりで、辻褄の合わないことが多過ぎる。そして、これまでのことも、今回のことも、判らないことだらけだ。だから今は、何も言えないかな」

ルックがその時見せたのと、同じような仕種で、カナタは肩を竦め。

冷めてしまった紅茶のカップを取り上げて、彼は一瞬、遠い何処かを眺めるような、何かを睨んでいるような、そんな眼差しを垣間見せたが。

「ま、取り敢えずは、何がどうであろうとも、僕にはどうでもいいかな。この世界は何処までも、『魅力的』に出来ている、それを思うだけだよ。今の処、急を要する話でもなさそうだし、何をどうするにせよ、今の僕達の旅路には、『目的』があるからね。それを果たしてからでなければ、僕は何もする気にはなれない」

ああ、確かに、冷めた紅茶は不味い、と、含んだ、冷たい琥珀色の液体の味に顔を顰め、彼はルックと己の間に横たわった雰囲気を、流してしまった。

「目的? 何処に行こうって言うのさ」

「ソニエール、シークの谷、と廻り終えたからね。今度は、キャロ」

「キャロ? キャロ、ね…………」

崩れ始めた雰囲気の最後、カナタが洩らした目的とやらを問えば、行く先はキャロ、と言われ、ルックは眉を顰める。

「そ。あの、キャロ」

「…………ホントに上手く、やってるワケ? セツナと君」

「心配御無用」

「ま、僕には関係のない話だけど……──

が、大仰に渋い顔をしてやっても、『関係』をつっ突いてやっても、カナタの態度は変わらなかったので。

──けど、何?」

「……もう、泣かせるんじゃないよ、あのお馬鹿のこと。君が、あのお馬鹿に泣かされることは有り得ないと思うから、それは言わないけど。君も、セツナも……案外『貪欲』だから。カナタの場合、下らない『溺愛』止めた分、進歩だとは思ってあげるけどさ。遥か遠い彼方ばかり見てないで…………幸せを見なよ、少し…………」

バツが悪そうに、ルックはそっぽを向いて、ぼそぼそと、小声で『本音』を伝えた。

「…………お互い伊達に、長生きはしてないね」

つまらなそうに、下らなそうに、ボソッとそう言ったルックの顔を、カナタは愉快そうに見詰め、言う。

「……どーしても、僕に喧嘩を売りたいワケ?」

「そうじゃないよ。変わったな、ってね」

「だから、それが…………──

────ただいまーーーーっ」

くすりと、柔らかな笑いを洩らしながら、お互い年を取ったねと呟いた彼を、ルックは睨んだけれど、その時丁度、淹れたての紅茶が入ったポットを抱えたセツナが戻って来て。

「何の話?」

首を傾げながら、席へと戻ったので。

「ん? 他愛無い、昔話をしていたんだよ」

お疲れ様、とカナタは、セツナの手よりポットを取り上げ、にやっとルックへ流し目を送り、彼の睨みを打ち消してしまった。