ルックと、カナタと、自分と。

三人分の紅茶を手早く淹れ替えてから、しっかり、お茶菓子にも手を伸ばし。

「昔話って……あの頃のこと? ………………あ……そう言えば、ルック……あの…………セラさん……は……?」

ポリポリと、リスのようにクッキーを齧りながら、少々言い辛そうに、セツナはルックを見た。

「セラ? …………セラなら、逝ったよ。もう、何年も前に」

「……そうなんだ……」

「君がそんな顔する必要なんてないだろ。お馬鹿だね」

もごもごと、セラ、という女性のことを尋ねれば、あっさりと、数年前にセラは逝った、とルックに答えられ、セツナは更に、口籠ったけれど。

対面に座る彼のそんな態度を、ルックは鼻で笑い。

「……セラは、逝ってしまったけれど、最後は笑っていたし。僕もね、セラがいてくれて、良かった……って、多分思えるし。それで、いいんじゃないの? 僕とセラは確かに、『家族』ではあったしね。それ以上もそれ以下も、僕は望まない。歪んだ生を生きるよりは、多分、遥かに…………────

セツナのことを小馬鹿にしたような表情で、そう語りながらも彼は、何処か、遠い目をしてみせた。

「歪んだ生、か…………」

──ルックが告げた言葉の、最後の一言を繰り返し。

「歪だね、確かに」

クスリと、カナタが笑った。

「そういう、意味で、言ったんじゃ…………──

穏やかに笑って、紅茶のカップを取り上げたカナタの姿より、ルックは、眼差しを逸らした。

「………………でも、ルックって、変わったよねー。昔は、そんなこと言う質してなかったのにー」

静かに微笑んだカナタと、有らぬ方を向いたルックを見比べて、えーと……と、困った顔になったセツナが、雰囲気を変えようとしたのだろう、慌てた風に、話を逸らし始めた。

「どういう意味さ」

「……どういう意味……って、そーゆー意味だよ。僕、間違ったこと言ってないもん」

「相変わらず、失礼なお馬鹿だね」

「失礼ってっ。そんなの、僕のこと、いっつも『お馬鹿』って言うルックの方が、よっぽど失礼っっ」

「僕は、ホントのこと言ってるだけ。事実、お馬鹿だろ、君は。カナタなんかにすっかり絆されちゃってさ。こんな穀潰しの、何処が良かったんだか知らないけど。あー、やだやだ、穀潰しがお馬鹿と馴れ合ってる姿なんて、麗しくもないね」

…………あからさま、と言えばあからさまなセツナの話の逸らし方に、ルックは一瞬だけ、何とも言えぬ表情を浮かべたけれど、直ぐさま、ふっ……と面を崩して、セツナをからかうように、冷めた感じで憎まれ口を叩き。

「穀潰しとお馬鹿が馴れ合う姿…………」

そこまで言うか、と、むう……っと頬を膨らませたセツナを、又、フン、と笑って。

「いい加減、僕は帰るよ。──カナタ。兎に角、そういう事情だから、あんまり碌でもないこと仕出かさないでよね。僕はもう、とばっちりは御免だし、セツナは兎も角、君自身にも何も判らないと言うなら、尚更ね。…………あ、そうそう。確か、去年の話だったと思うけど。シエラが、君達二人の行方に心当たりがないか、って、レックナート様の所に顔出したことがあったから。覚えときなね。──じゃね」

すくっとルックは立ち上がると、傍らのロッドを取り上げ、詠唱を唱えつつ操り、二人の眼前よりさっさと姿を消した。

「………………結局、何だったんでしょうね、レックナート様の用事って」

又ね、と告げる間も与えられず、去って行ったルックを眼差しだけで見送り、結局の処、何だか良く判らなかった、と、セツナがぽつり呟いた。

「……暇潰しでもしたかったんじゃないの?」

飲み干した後も、手の中で弄んでいたカップをテーブルの上に戻しながら、ケロっとカナタが言った。

「暇潰しって…………」

「そんなこと、考えてみた処で、今は答えなんか出ないよ。何故、彼女がルックに、僕を捜して来いと言ったのかの理由は、彼女しか知らないのだから。考えるだけ、無駄。暇潰しとか、嫌がらせとか、その程度のことだと思っておくのが、気楽で良いよ。まあ、どうしても、理由が謎な、彼女の用事とやらには、思考を持って行かれるけど、って……………────あ」

──今、考えても仕方がないことだよ、と言いながらも。

話の途中で突然、あ、とカナタが顔色を変えたから。

「……何ですか?」

何か遭ったのだろうかと、釣られたように、セツナも又、顔色を変えたが。

「序でに、ルックにキャロまで飛ばして貰うんだった。失敗したなー……」

心底残念そうに、カナタが言い出したことはそんなノリのものだったから。

「………………歩いて行きましょうね……」

はははは……とセツナは力なく笑い。

「僕達もそろそろ、行きます?」

カナタを促すように、立ち上がった。