彼等が、シークの谷を後にしてより、約一ヶ月の後。

折角ルックと再会する機会に恵まれたのに、『旅の距離』を稼ぐことも叶わず、従来通り、徒歩の旅路を行くのなら序でに……、と。

「寄り道してもいいかな?」

……と言うカナタのおねだりを、セツナが受け入れる形で、二人は、キャロの街へと向かう途中、グレッグミンスターに立ち寄った。

カナタがこの世に生まれる以前より、黄金の都と名高かった街は、今も尚、『麗しき黄金の都』で。

人々の溢れる、賑やかな通りを抜け、かつて、マクドール邸があった場所に近い、女神像の立つ噴水前を行き過ぎて、二人は、グレッグミンスター郊外にある、墓所へ踏み込んだ。

「お墓参りですか?」

「うん。そう」

何をしに、故郷に立ち寄りたいとカナタが言い出したのか、その場所に赴くが赴くまで伝えられていなかったセツナは、ここに用事があるんだよ、と、植えられた緑も美しい墓所を指し示されて初めて、その目的を知る。

「折角だから、久し振りにね、父上達に『会っておこう』と思ってね。ここにセツナを、連れて来たことはなかったし」

「……ああ、そう言えばそうですね。僕達が旅を始めてから、何度もグレッグミンスターには立ち寄りましたけど、カナタさん、一度もここに寄ったこと、なかったでしたもんね」

「自分の親に対して、不義理だなあ……とは思ってたんだけど。……正直なことを言えば、一寸……、『叱られる』のが怖くて」

「叱られる…………って、誰にですか?」

「内緒」

整然と並ぶ墓標の間を、迷うことも躊躇うこともなく進むカナタと、案内されるまま付き従ったセツナは、何時も通りのやり取りを交わし。

広大な敷地を誇るその墓所の、最奥と言えるだろう一角で、その足取りを止め。

「…………只今、戻りました。長らく、ご無沙汰してしまって……申し訳ありませんでした、父上、母上」

マクドール家所縁の者達が眠るその場所の、中央に位置する墓標──己が父、テオ・マクドールのそれの前に佇み。

懐かしさの中に、何かが滲んだ表情を浮かべ、カナタは頭を垂れた。

「えっと……………。初め……まして…………」

カナタに倣って、頭を下げたまでは良かったものの。

何を告げたらいいのか悩んだ挙げ句、咄嗟に出たのだろう挨拶を、セツナは口にした。

「お墓に向かって、初めまして、って言うのも……変ですか…………?」

「そんなこと、ないんじゃないかな。事実君は、初めまして、なのだし。────父上。セツナ……です」

『初めまして』という挨拶は、幾ら何でも間抜けだったかと、言ってしまった後に、あー……とセツナは、隣のカナタを見上げ。

が、カナタは、平気、と微笑み、亡き父に向け、セツナを紹介するような口振りで語り掛け。

「父上と、母上と。パーンと。何も納められていないけれど、グレミオとテッドのそれと。後、クレオのお墓もね、ここにはある。……後は、家の御先祖様達のお墓。……ああ、そっちの、少し離れた所の二つ、あれはね、ほら、セツナも知ってるだろう? アレンとグレンシールのお墓。この墓所の、もう少し奥の方に行けば、レパント達のお墓もある筈だよ。レパントと、アイリーンと、シーナ、と。…………あれ、アップルは……。ああ、そうか、復縁したって話は結局聞かなかったから、セイカの墓所だっけ。──あ、そうそう。マリーの墓も、セイラの墓も、ここ」

すっ…………と、マクドール家に所縁のある者が、今も尚手を入れているのだろう、綺麗に掃除された己が生家の墓所より眼差しを逸らして彼は、辺りを見回しながら、ここには沢山の人達が眠っている、と、そんなことを言い出した。

「リュウカンや、僕に棍を教えてくれたカイ師匠も。ミルイヒも。皆、ここに眠っているよ。……ああ、でも、皆、とは言えないのか。バレリアのお墓はここじゃないし、タイ・ホーやヤム・クーのお墓もここじゃないし。ソニアのお墓はシャサラザードの方だし、他の、赤月帝国の将軍だった彼等、セツナは知らないから、後、セツナが知ってるトラン出身者って言うと、えーと…………──

────カナタさん」

そうして、つらつら。

この墓所に眠る人々のことを、取り留めもなく彼が喋り出したから、百年の間、片時も離れず共に旅をして来たのに、何時の間にこの人は、『そう言ったこと』を知ったのだろうと考えながらも、徐に、セツナはそれを遮り。

「ん?」

「カナタさん、もしかして…………照れてません?」

ちろっと上目遣いをしてセツナは、滅多に掴むことの出来ない、カナタの『弱点』を見付けた、そんな顔付きになって、にへら、っと笑った。

「…………そういう訳じゃ、ないんだけどね……。…………多分」

──照れてるでしょう? と。

セツナが言った一言は、図星だったのだろう。

へらっ……とセツナに笑われて、カナタはそっぽを向いた。

「カナタさんも、人の子だったんですねえ…………。お父さん達の前に、僕と一緒に、っていうの、そんなに照れ臭かったんですか?」

故に。

ともすれば三百六十五日、カナタにやり込められているセツナは、ここぞとばかりに、追い打ちを掛ける台詞を放って。

「…………………────

無言のまま、どういう意味? と言いたげな表情を拵えたカナタに、セツナは久方振りに、おもいっっっきり、両の頬を引っ張られる羽目に陥った。

「いひゃいっっ。いひゃいでふっっ。いひゃいでふ、かなひゃふぁんっっっ」

もごもごと、正しくない発音で痛みを訴えるセツナを、カナタは一頻り、微笑んだまま眺め。

「……さ、用事は済んだから、行こうか」

「一寸、冗談言っただけなのに……。そんなに臍曲げなくったっていいじゃないですか…………」

くるり、カナタは父達の眠る墓標に背を向け。

セツナは、摘まれた所為で痛む頬を押えながら、カナタの後を追った。