再会することになるなどとは思ってもいなかった、懐かしい友人の顔を拝み。
ほんの少しの寄り道もして。
カナタとセツナの二人がキャロの街に辿り着いたのは、『寄り道先』だったグレッグミンスターを経ってより、約半月後。
トランとの国境に程近い辺境の宿屋にて、この旅路に赴こう、と二人が決めてより、既に、ニ月以上が過ぎた頃の、夕暮れ時だった。
「えーーと。ひー、ふー、みー……でー。あれから、えーーーっと………? え?」
燕北の峠を越え、暫し街道を歩き、漸く、彼方にキャロの入り口が窺えるようになった時。
ふと、セツナが何やら、指折り数え始めた。
「……どうしたの?」
「えっとですねー。デュナンの戦争が終わった後、カナタさんと一緒にキャロに降りてから、一回も、ここに来たことってなかったじゃないですか。あれから正確には、百年と何年過ぎたのかな、って思って。……道場、疾っくの昔に廃屋になっちゃって、跡形もないんじゃないかなー、とか……。だとしたら今夜、何処に泊まろうかなー、とか、ふ……って色々、考えちゃったんです。今まで、あんまり気にしませんでしたけど……、じーちゃん達のお墓、大丈夫かなあ…………」
「ああ、成程……」
何を数えているのか、と問えば。
それは、過ぎてしまった正しい年月で、その長さ故に絶対、幼き頃を過ごした家は廃屋になっている筈だから……と、セツナに少々渋い顔を作られ。
そう言えばそうか、と、カナタはしたり顔で頷いてみせた。
「まあ、行ってみないと判らないですけどね」
「うん、そうだね」
大したことじゃないんですけどー、と。
そう言いながらもセツナは、複雑そうに足を進め。
そんなセツナの表情を見遣っても、カナタは取り立てて何も言わず。
やがて彼等は、キャロの街へと入った。
「………………え? 嘘」
街の門を潜って、直ぐに左に折れ。
百年前同様、寂れた小道を少々歩き。
どんな『幽霊屋敷』になっているやらと、若干びくびくしながら己が実家に目をやって。
……へ? とセツナは、あんぐり、口を開けた。
疾っくの昔に廃屋となっているだろう、否、廃屋として留まっているなら未だいい方で、跡形もなく道場は消え、もしかしたら誰かの家でも建っているかも知れないと、そんな想像を彼は巡らせていたのに、百年と少し振りに訪れた実家は、年月を耐えたが故の片鱗を覗かせてはいたものの、道場を取り囲む針葉樹さえそのままに、あの頃と変わらぬ佇まいを誇っていた。
「誰かが、住んでいるのかも知れないね」
ふうん……と。
セツナ程の驚きは見せなかったものの、カナタも又、あの頃を鮮烈に思い起こさせる道場を一瞥し、人手に渡ったのかも、と呟いた。
「……ああ、そうかも知れませんね。……………お墓、あるのかな……」
カナタの推測に納得を示し、セツナはああ……という顔を作って、カナタの手を引き、そうっと、道場の裏手に廻る。
出来れば、現在この家に住んでいる者に見咎められぬまま、養父や義姉達の墓を詣でて、彼は故郷を後にしたかった。
「良かったーーー。ちゃんとお墓、あるっっ」
足音も、気配も忍ばせ、裏庭に赴き。
並ぶ、三つの墓石を見付けてセツナは、ほっと安堵の息を付いた。
雑草は見当たらぬ裏庭の片隅に、整然と存在し続けている三つのそれは苔むしていて、その下に、後の世が来るまで眠り続ける者がいるということを知らぬ者には、唯の庭石にも見えるのだろうが。
苔むした三つの岩は確かに、墓石で。
「カナタさん。お墓、ちゃんとありました」
己が、ソニエールとシークの谷にて成したかったことがあるように、キャロに行きたい、と言ったカナタにも、この場所で成したいことがある筈だ、とセツナは知っていたから。
墓標の前に佇んだ彼は、カナタを見上げた。
「良かったね、セツナ」
三つの墓が無事だったことを悟った瞬間、ぱあ……と輝かせた色を頬より消さないセツナに、カナタは微笑んだ。
「…………でも……。────ま、いいか」
が、カナタはそのまま何やら言い掛け、思案するような顔付きを見せ。
「……? どうか、しました?」
セツナは、キャロに来たかったってことは、ここに来たかったってことでしょう? と首を捻り。
「んーーーー……。まあ、それは追々。──取り敢えず、目の前にあるのはお墓なのだから、手を合わさせて貰おうかな」
もう一度カナタは、セツナへ向けてにっこりと微笑んでみせてから、墓標達の前にて、祈りの形に手を合わせた。
故人への、冥福を捧げ始めて暫し。
閉じていた瞳をゆるりと開いて彼は、
「セツナ」
……と、『家族』達を拝んでいた恋人の名を呼び、そして手を引き、歩き出し。
道場の裏庭の更に奥、一本の大木が根を下ろしている『空き地』を目指し始める。
「お墓……じゃなくって、あの木の所ですか? カナタさんの目的の場所」
──幼かった頃。
ナナミやジョウイと三人で、よく夕焼けを眺めた小高いその場所へ、カナタが向かっていると気付いて、どうしてだろう? と、セツナはクリっと、目を見開いた。
「まあね。…………大した意味が、ある訳じゃないけど」
きょとん、としてみせたセツナの表情を、横目で眺めてカナタはクスクスと笑い、辿り着いた大木の根元で、その幹に手を付き。
「ああ…………。ここから見る夕日は確かに、綺麗だ」
西の空より今日の別れを告げて来る夕日を、眩しそうに見上げて彼は、手を繋いだままだったセツナを、くん……と引き寄せ。
茜色に染まる小柄な躰を抱き締めると、徐に、接吻を施した。
「……………何で、又……キスなんか…………」
当たり前のように、それを受け止めながらも。
唇と唇が離れ行きた後、セツナは少し、渋い顔をする。
わざわざ赴いたこの場所で、カナタが仕掛けて来たそれが、何時ものキスの延長であるとは、彼には思えなかった。
だから、何で、とセツナは問うて。
「言ったろう? 『この旅路』に出ようと、決めることとなったあの時。僕は君を、手放してあげることも出来ない、とね。──……判っていると思うけど。セツナ、僕はね、これでいて結構、怖い部分も持ち合わせているんだよ」
窺って来るセツナの眼差しに、カナタは、そう答えた。