セツナの養祖父ゲンカクが生前に使っていた部屋を、己が今の寝所と定め、眠り込んだらしいシエラは結局、セツナが拵えた夕餉が出来上がっても、カナタとセツナの二人でそれを平らげても、起きては来ず。
「お腹空いちゃわないかなあ、シエラ様……」
いい加減、シエラに対する諦めを付けて、寝仕度を整え、昔、自身が使っていた部屋に入ったセツナは、ぽすっと寝台の上に乗り上げながら、思案気な顔を作った。
「どうだろうねえ……。流石に僕も、吸血鬼の食生活に関する造詣は深くない」
けれど、セツナと同じく寝間着姿になったカナタは、シエラのことは放っておけば? と素っ気無く言い。
「未だ、臍曲げてますか? カナタさん」
「一寸だけね」
あーらら、とセツナは苦笑を浮かべ、ほんの少しだけ、機嫌は悪い、とカナタは正直に告げた。
「どーしてそんなに、シエラ様とカナタさんの反りが合わないのか、僕には不思議です」
「仕方ないよ、折り合いが悪いんだから。お互いの、性分って奴」
「良い人ですよー? シエラ様」
「君にとってはね。────セツナ。もう、あの『おばあ様』の話は、止めて」
さも、仲良くして欲しいのにー、と、そんな雰囲気を醸し出してセツナは、隣に座ったカナタを見上げたけれど。
カナタはもう、その名を聴きたくはない、とでも言う風に、セツナの言葉を遮り。
「……………ね、セツナ」
「はい? ……って……カナ…………──」
名を呼び、振り返らせた彼の頤に手を掛け、微か上向けさせると、前触れもなく、キスを与えた。
「ちょ……一寸待って下さい、カナタさんっっ」
「何を?」
「何を、って……。その手です、その手っ!」
浅いような、深いような。
何処となく曖昧な接吻を終え、唇が離れるや否や、寝間着の合わせ目辺りを彷徨い出したカナタの手を掴んで、セツナは慌てたように、待ったを掛けた。
「…………嫌?」
寝間着の下に隠された、セツナの肌目指して蠢かせた手を、押さえ付けられ止められて、さも、心外そうにカナタは、首を傾げる。
「嫌? じゃなくってっ! 嫌とか、そういう問題じゃないですっ。直ぐ隣でシエラ様寝てるのにっっ。何考えてんですかっっ!」
そんなカナタへセツナは、真っ赤になりつつ、声を張り上げてみたけれど。
「同じ部屋に、寝ている訳じゃあるまいし」
「………………僕、カナタさんみたいな、強心臓してません。──じゃなくってっ! 聞こえちゃったら、マズいですってばっっ。僕、嫌ですっっ。そんな恥、掻きたくないですーーーーっっ!」
「なら、声を立てなければいいだけの話」
セツナが何を言っても、何を喚いても、しれっとした表情を、カナタは変えず。
「嫌ったら嫌ですーーーーーっ! 僕、今夜はもう、カナタさんと一緒のお布団じゃ寝ませんっっっ」
ならば実力行使、とセツナは、くるっとカナタに背を向けて、乗り上げた寝台の上から、逃走を謀った。
「……本当に、『それだけ』?」
が、カナタは。
逃さない……と、セツナの躰を、背中より抱き締めて。
襟元より覗く、項に顔を埋
「それだけ……? って……。あ…………──」
「この家で、僕に抱かれるのは、嫌…………?」
抗う暇も与えずカナタは、セツナの寝間着の合わせを解きつつ、首筋に、舌を、唇を這わせ始めた。
「カナ……タ……さんっ…………。ヤ……ですっ……っっ」
そうしてやれば、途端。
セツナから上がる抗議の声は、辿々しくなって。
くすり、恋人の耳元で、カナタは忍び笑いを洩らす。
────初めて、カナタがセツナを、その手にしてより数年。
真実の意味での想い人同士になってより、約二ヶ月。
時に、セツナの肌の上より、散らした赤い花弁のような痕が、消える間すら得られぬ程、カナタはセツナを求めて来たから。
どうしてやれば、セツナが簡単に『屈服』するかなど、カナタに判らぬ筈がない。
未だに、そう言ったことを恥ずかしがるセツナが、尻込みせぬ程度の『浅い』キスをして。
薄茶色の髪にふんわりと覆われる、項に口付け。
耳朶を食
肩口に顔を埋めれば、あっという間にセツナは陥落する。
全てのことを忘れたい、と、そう訴えているかのような、茫洋とした眼差しになって。
セツナは、縋るように、カナタへと両手を伸ばして来る。
…………それが、常。
けれど、今宵は。
耳朶を食
セツナは唯ギュッと、毛布だけを握り絞め、力なく首を振った。
「……セツナ」
が、カナタは、『許す』つもりなど微塵もないのか、くしゃりとセツナの寝間着をはだけさせて、露にした肌を、背中から愛し始めた。
「…………カナタ……さんっ……。僕、は……。僕っ…………っ。……僕にだって、あげられるモノとあげられないモノくらい、ありますっ…………っ」
「言ったろう? 僕は君の、『全て』が欲しいって。そう想う程、僕は醜いって。……そう言ったよね? セツナ」
セツナの薄い、肌を辿れば。
啜り泣きのような、か細い声が上がったけれど。
カナタは唯、恋人を抱き締めた腕に、更なる力を与えるだけで。