背より掻き抱いた恋人の躰を、強く包み込んだ後。

酷い男だと、そう思われるかも知れない、なんて、薄ら考えながら、カナタはセツナを、寝台の上に横たえた。

否、押し付けた。

「君の『全て』が欲しいんだよ、セツナ」

「それ……は……知ってます……けどっ……」

押さえられない、自らの荒れた息遣いに耳を打たれて、セツナは頬を染めながら、顔を背けた。

「本当に、判ってる?」

「……判って……ますよ……多分…………」

「判ってない」

「…………判ってますっ……。身も……心も……命も……。後の世まで続く未来も……『過去』、さえも……。全部……なんでしょう……?」

どんなに顔を背けても、薄茶色の瞳が拾う視界の中に、己を覗き込んで来るカナタの姿が映って、とうとうセツナは、瞼を閉ざす。

「じゃあ、何故……『過去』さえも全て、欲しがるか判る……? 君の想い出の中に残る風景の全てに、僕の姿しか見えなくなるまで、君の全てを塗り替えようとするか、判る? セツナ」

すっ……と、全てを拒絶するように、瞳閉ざしたセツナに、優しくキスをして。

カナタは囁いた。

「君が、唯のタカラモノでしかなかった頃は。僕だけを見詰めさせる為に、僕は君から、全てを『奪おう』と思ってた。でもね、それでも。聖域の一つくらいは、残しておいてあげても……って、そんな風に考えてた。だけどね、セツナ。僕は君を、真実の意味で愛しているって、認めてしまったから。もう、それさえも、残しておいてはあげられない」

「…………何……で……?」

「……もしもあるなら、後の世までも、君と……とね。僕は、そう思っているよ。でも、後の世なんて……あるかどうかも判らない。例え、後の世があっても。僕達はそこへは、辿り着けないかも知れない。だからこそ。僕は君の、『過去』さえも欲しい。不確かな、後の世ですら、君が僕だけで満たされるように。僕だけを、覚えているように。…………セツナ? 僕は、君がいなければ、生きてはゆけない……と、そう言ったろう……? 僕の言う、『生きてゆけない』とは……『そこまでの意味』、なんだよ……? 不確かな後の世でさえ、君を失ったら、僕のこの身の中にもあるだろう魂すら、きっと、砕ける」

「カナタさ…………────

────僕は。『希望』が見たい。もしかしたら、永遠にこの手には掴め得ぬかも知れない、後の世ですら、君と共にれるだろう、そんな『希望』が見たい。…………僕がどれだけ我が儘で、どれだけ醜いか、そんなことは良く判ってる。唯一つだけ、言えることは。それ程に僕は、君を愛してしまった、それだけ」

──蠢きを止め。

組み敷いたセツナを見下ろしながら、淡々と語り。

もう一度、カナタがセツナにキスをしたら。

閉ざされていたセツナの瞳が、ふっ……と開かれた。

「……狡い…………」

薄茶の瞳を見開いて。

セツナはぽつり、言う。

「…………そうだね……」

「嫌だ……って。僕が言えないの、知ってるくせに。…………狡いです、カナタさん…………」

「……ああ、そうだね……」

「遥か遠い彼方だけを見詰めること、止めないくせに……。それを止めてくれ、なんて、言いませんけど……っ。でも、狡いですっ……」

「うん……」

「僕だって…………僕だって、こんなにカナタさんのこと、愛してるのにっ……。カナタさん、狡い…………」

「……御免。御免ね……セツナ。身も、心も、命も。後の世まで続く未来も、そして、過去も。僕の全ては君の物だけれど……それでも僕は、覚悟の道を行くことを、止めることは出来ない。この『高み』から、降りることも出来ない。僕は君の傍らに在る、それだけしか、君に捧げられない」

狡い、と。

そう詰るセツナに、唯々、物悲しさだけを、カナタは湛えた。

「………………いいんです……。知ってます……。カナタさんは、遥か遠い彼方ばかりを見ていて、僕を見てはくれなくて、僕は、カナタさんに並ぶことは出来ても、カナタさんの前には立てません……。カナタさんが僕の前に、立てはしないみたいに。でも、それでも……それでも、僕達の向かう先は一緒で、カナタさん、僕の傍にいてくれますから。……だから、いいんです…………。昼間、言っちゃいましたしね……。僕の想い出の中に残る、風景の全てに、カナタさんしか見えなくなっても、僕は幸せだ……って。──でもね、カナタさん」

「……なぁに?」

「その代わり。本当に、絶対、何が遭っても。僕の手、離しちゃ嫌です。ないかも知れない、後の世でも、僕のこと、離しちゃ嫌です……」

だからセツナは、小さな溜息を零して。

微笑みを、カナタへ向けた。

「君が、嫌だって言っても、離してなんてあげない」

──どうしようもなく我が儘な、仕方のない人。

そんな風に微笑んでみせた、セツナに見詰められ。

カナタは真顔で、そう言った。

「狡くて、滅茶苦茶に我が儘な人ですけど。大好きですよ、カナタさん。愛してます」

「…………有り難う」

そうして、カナタは。

組み敷いた、小柄な躰を強く抱き締め。

深い深い、接吻くちづけを与えて。