初めて見遣った際、何て可愛らしい『仔犬』だろうと思ったセツナが、片割れだけとは言え真の紋章をも宿す天魁星だと知った時から、セツナが欲しい、セツナだけが欲しい、……とカナタは乞い続けてきた。
その漆黒の瞳に映す、世界を満たすありとあらゆるモノ全て、どうでもいい、と切り捨てた筈の彼なのに、セツナだけが色を違えて見えた。
均等に、平等に、色を失くした世界の中で、唯一、セツナだけが色鮮やかだった。
魂喰らいの紋章宿す己などに魅入られたら、彼も又、かつて大切だった人々が辿った運命をなぞってしまうやも、と思いつつも、カナタは、セツナにだけは手を伸ばさずにいられなかった。
永い──本当に永い、旅路の果てを目指す為の、遥か遠い彼方のみを目指してゆく為の、決して消えぬ、己だけの灯火が欲しかった。
……だから、百有余年前のあの頃、カナタは、敢えてセツナに何一つも求めなかった。
求めぬ代わりに、あからさまに手を伸ばす代わりに、幾筋かはあったセツナの運命の行く先、それを、一つ一つ消し去って、静かにそうっと背を押して、彼が自ら、己の許へとやって来るのを待ち続けた。
セツナが辿れる運命の道が、たった一本のみとなっても、唯ひたすら、彼を追い詰める振る舞いばかりをして、彼の全てを己へと繋ぎ止め、己の道行きに添わせた。
たった一本の運命の道を辿ったのも、何時終わるとも知れぬ道行きを共にするのも、選んだのはセツナ自身、僕は何もしていない、僕は何も求めていない、そんな顔ばかりをカナタは作った。
だと言うのに、それでも彼は飽き足らなかった。
尚、『完璧』を求めた。
セツナの持つ何も彼も、己に縛り付ける為だけに奪い取ろうとした。
現在も、未来
亡き義姉や、やはり亡き親友と過ごしていた頃の暖かな記憶すらセツナが忘却するよう欲し、出逢いから五十年目には接吻
………………出逢いから、百年。
百年もの刻を掛け。
そうやって、何も彼もセツナより奪い続けて、けれどカナタは、セツナを愛そうとはしなかった。
愛するに相応しい、魂持つモノとは見做さなかった。
彼にとって、セツナは、自身の紋章が欲する魂など持ち得ない、只のモノだった。
どんな風に扱ったとて、どんなに惨くしたとて、己の勝手と嘯ける、タカラモノであることだけは確かな、イキモノでさえ無い只のモノ。
魂などない只のモノからは、ソウルイーターとて何も掠め盗れはしない、それがカナタの言い分であり、納得でもあった。
けれども、そんな誤魔化しが、永遠続く筈もなく。
結局、カナタは己を偽れなくなった。
百年もの刻と手間を掛けて、そこまでセツナを貶めておきながら、真実、彼を愛していると、認めざるを得なくなった。
…………己や魂喰らいを誤魔化し続けるのも、嘯き偽り続けるのも、土台、無理だった。
そんなこと、所詮は無駄な足掻きにしかならぬと、カナタにも始めから判っていた。
惨いだけの行いに百年の時を費やしてでも、己も、セツナも、魂喰らいさえも騙し通そう、と決めたことが既に、彼がセツナを愛してしまった証に他ならなかった。
……だから、一度は、何も彼もを終いにしてしまおう、との覚悟を彼は決めた。
手放せぬ、手放したくないセツナを、それでも手放そう、と。
────だが、セツナは引き下がらなかった。
カナタの手にそっと背を押されながら、たった一つの運命の道を選び取ったあの頃から、彼は、カナタが己に求めている『本当』を知っていた。
知っていて、唯、カナタのなすがまま、百年を生きてきた。
カナタさんは何も悪くない、悪いことなんてしてない、そう己に言い聞かせ、何も彼も、彼へと差し出し続けてきた。
過去も未来も現在も、大切な者達との想い出も、接吻も、躰も。
……カナタが良ければ、セツナはそれで良かった。
それで、彼が幸せだと言うなら、それだけで良かった。
己自身の為のモノなど、何一つ、セツナは持とうとは思わなかった。手放すのは惜しいモノなど、彼にはなかった。
…………カナタがセツナに向ける想いの形を、凄まじい、と例えて許されるなら。
セツナがカナタに向ける想いの形は、怖気立つそれだった。
──……だから、と言うべきなのだろう。
自分にも気付けぬよう、固く封印した筈のカナタの想いが溢れ出て、白日の下に晒された夜を境に、二人は、何時の日にかは魂喰らいが投げ付けてくるやも知れぬ運命を恐れながらも、真実、恋人同士として歩み続ける道を選んだ。
カナタとセツナが、自分達は紛うことなく恋人同士なのだと、互いが互いに嘘偽りなく言えるようになって、未だ半年と経っていないけれど、想い合い、身も心も求め合う者同士が、抱えた不安を流すに最も手っ取り早い術の一つは躰を重ねることだと、カナタは固より、大昔は奥手にも程があったセツナも知り得たから。
そうなると判っていて、セツナはカナタにキスを送り、カナタはセツナの意図を知りつつ受け取った。
そんな彼等が始めたその夜の行いは、あ、という間に深く激しくなって、容易く暴けた夜着の下の肌をカナタが煽ってやれば、セツナは直ぐに、艶の乗った声を上げた。
少年期の直中で成長を止めた小柄な躰を組み敷くのも、声変わりにも至らなかった高めのそれで艶めかしく喘がせるのも、ともすれば、罪悪感を伴う行いだけれども、カナタにとっては、己にのみセツナが見せてくれる痴態の全て、下らなくも甘美な征服欲さえ運んでくる至福に他ならず、「本当に、僕は碌でなしだ」と己で己を嘲りつつも、彼は、何処か忙しない風にセツナを求め続けた。
旅から旅への日々の中で、薄らと日に焼けた面も首筋も、衣装の下に隠された、北国に生まれ育った者独特の白さと少年期特有の肌理を見せ付けてくる柔らかな肌も、カナタの欲を煽って止まない。
掠れ、詰まりながら洩れるか細い声も、始めの内は敷布の上を、が、程なく己が背の上を彷徨い出す指先も、唯々、愛おしく。
「セツナ……」
耳朶を食んでやりながら囁き呼ぶ彼の名までが、カナタの中の何かを掻き立てて、だから……────。
「……え? あ、ちょ、一寸待っ……。カナタさん……っ!」
────それまでは、セツナの肌に、赤くてきつい痕を残すことだけに夢中になってしまっている風に、逸る欲とは裏腹な、何処かゆるりとした蠢きばかりを繰り返していたのに、いきなり、がばりと身を起こしたカナタを、ぼうっとし始めながらも訝しがったセツナは、酷く強引に、仰向けだった躰を横向きにさせられて、何!? と焦り声を放った。
「……ん? どうかした?」
「どうか、じゃなくって──。…………あ……」
けれども、返されたカナタの声も科白も惚けきっていて、セツナは更に何やら言い掛けたが、彼の唇が、耳障りの悪い言葉を吐き出すより早く、セツナ自身の擡げた欲から零れ落ちた雫のみに濡れた奥への入り口に、カナタは、躊躇いもせず指先を忍ばせた。