もう直ぐ目的の城が見えて来る筈、と相成った頃には既に、空の色は夜へと移り変わっていたから、何だ彼んだ言っても距離がある、とブツブツ零しつつ。
「あー、焦ってる、焦ってる」
遠くに感じていた始まりの紋章の気配が、かなりの勢いでサウスウィンドゥ方面へ近付いて来るのを察したカナタは、向かって来るそれと似たような速さで夜の街道を駆けながら溜息を付いた。
それは、何を思ってセツナがデュナンの城に向かったのかは知らないが、夜の道を焦って駆けなければならないまでの用事を抱えていたと言うならば、最初から自分に白状しておけばいいのに、と考えたが為の溜息で、
「全くもう……。肝心なこと、白状しないんだから、あの子は」
己の『秘密主義』を棚に上げ、又、ブツブツと一人呟いたカナタは、そろそろセツナと行き会える地点に差し掛かった時、ふっと顔色を変えた。
「……何?」
────馬上で揺れる己が背を、バンっ! と何かに叩かれたような感触を覚え、彼は、何も語る筈ない紋章へ語り掛ける。
『やられ方』は何時も違うけれど、魂喰らいが始まりの紋章に関する某かを訴える際は、大抵、見えない何かに取り巻かれている風な気配を感じるのが殆どで、今回も、その気配は漂っていた。
「未だにセツナのこと、欲しいと思ってるくせに。矛盾してるよ、お前。────セツナに、何か遭った?」
だが、こんなにもあからさまに、気付け、とヤラれたのは初めてで、カナタは声を強張らせる。
すれば紋章は、カナタの言葉に聞き耳を立てられる生き物のように、始まりの紋章が助けを求めていることを、『感覚』で以てカナタに教え、
「……………………この気配……」
と同時に彼は、セツナの気配の近くで、ぞわりとする何かが湧き上がるのも感じ。
「嫌な予感程、良く当たるっっ」
舌打ちと共に馬の鐙を蹴って、限界まで駆ける速度を早めた。
昔々、デュナン湖の畔で能く見た、螢達の瞬きのような。
淡い淡い光が、地に伏しているらしいセツナを包んでいる光景を、そこに駆け付けたカナタの視線は真っ先に捉えた。
次いで彼が捉えたのは、その傍らに立つ、とても濃い『影』。
「………セツナ? セツナっ!」
「お出ましか? 魂喰らい」
淡い光の中、ぴくりとも動かないセツナへ声高く呼び掛ける彼に、ゆるりと答えたのは影だった。
「ユー……バー…………?」
「邪魔をするな。この小僧の命を刈り取るまで、黙って見ているといい」
駆ける馬を止めもせず地へと降り立ったカナタは、振り返った『影』の正体に気付き、瞳を見開いたが、ユーバーは、それ程の興味をカナタへは示さず、セツナを包む淡い光によってちらちらと映し出される、赤い糸が絡み付いたかのように濡れる剣を振り上げた。
「止めろっ!」
トン……と大地を蹴って、カナタは、セツナとセツナの血を吸った剣との間に立ち塞がる。
「邪魔をするなと言ったろう? この世で最も呪われた紋章の宿主。所詮、どう足掻いてみた処で、お前の運命なぞ変わらない。何に逆らおうとも末路は同じだ。そう決まっている。それ以上、その身に呪いを受けたくなければ、始まりの宿主の命、俺に寄越せ」
構えられるや否や、止まることなく繰り出される棍を避けつつ、弾きつつ、ユーバーは怒りを瞳に乗せた。
「渡さない。セツナだけは」
だが、その硝子細工のような瞳にユーバーが乗せた怒り以上に、カナタの漆黒の瞳には、燃えるより激しい怒りの色があり、彼は撓らせた天牙棍の先を、ユーバーの肩に叩き込んだ。
ずしりとした重い一撃に、異形の戦士も流石に怯んだ。
……が、怯みはしたものの、その日のその時を千載一遇の刻と取っていたのだろうユーバーは、セツナと対峙した時と同じく、紋章の光を放ち始める。
「技で敵わないから、紋章戦?」
「そちらのそれと、こちらのこれと。互い真の紋章ならば、勝つのはどちらか判らない」
「残念だね。二対一だよ。──星辰剣っっ」
その光が真の紋章の放つ物だと気付いても、カナタは姿勢を崩さず、その手より棍を落とし、代わりに、星辰剣を鞘より抜いた。
『……八房の持ち主か?』
己が領域である、『夜』の下
カナタの手により掲げられた星辰剣は、何処か眠そうに……が、はっきりと言葉を放った。
ユーバーへ向けて。
「夜の紋章か…………」
カナタの宿す魂喰らいと、星辰剣とを見比べて、分が悪いと踏んだのだろう、口惜しそうにユーバーは唸り。
「だが……死したも同然……」
止めを刺せなんだのが心残りと言わんばかりの呟きを残すと、ふっ……と闇の中に消えた。
その、気配ごと。