淡く灯った、螢達の光に能く似た始まりの紋章の輝きに、渦巻くように絡み付く魂喰らいの光は尚も止まらなかった。

故に。

過る想いの所為で。

続く光景の所為で。

何時しかカナタの眦には、涙が浮かんだ。

叫ぶでもなく、嘆くでもなく。

唯ひたすら静かな悲しみに暮れる彼の頬を、伝う以外に行く場所のない、静かな涙。

それは、余りにも静かに流され過ぎて、地に落ちることもなく、夜を吹く草原の風に運ばれ、何処いずこへと消えて行く。

……滔々と、彼の涙は流れ続けたけれど。

その一粒たりとも、大地に吸われることはなかった。

『…………カナタ。……カナタ』

────その時。

魂喰らいへの懇願さえ止めたカナタを、星辰剣が呼んだ。

けれど彼は、己が背中辺りに打ち捨てた剣の呼ぶ声に、唯、緩く首を振って答えた。

今振り返ることなど、カナタに出来よう筈もなかった。

せめて。

セツナを見ていたかった。

『カナタ。能く見るといい』

が、それでも根気良く、星辰剣は呼び掛けを続け、

「何……を…………?」

振り返らずにカナタは言った。

能く見ろ、と言われても、セツナ以外を見続けるつもりは彼にはなく、しかし、ふと。

見せ付けられている光景に、微かな変化が齎されたことをカナタは知る。

淡い光を冥い光が侵食して行くその様に、変わりはないけれど。

包む淡い光と、それを浸食する光の中、横たわるセツナの胸許が、それまでよりも大きな息遣いを見せ始めていると、気付くこと敵った。

「…………セツナ……?」

────それにカナタが気付いてより齎された変化は、劇的だった。

確かな呼吸がセツナに戻り、その命費えるまで止まらぬ筈だった赤い血は潮が引くように止まり、剣に裂かれた服より覗く、肌を抉った傷痕は、時を遡る如くに塞がり始めて。

僕はこの悲しみを、手放してもいい……? と悟ったカナタが、僅かずつ己自身へも意識を傾け出したら、セツナより離すこと許されなかった右手も、何時の間にか動かせるようになっているとも判り。

「……セツナ? セツナ…………」

血の気の失せた、青白い、冷え切ったセツナの小柄な体を、この世の至宝さながらに、そう……っと大切に抱え上げ、彼は抱き締めた。

今になって震えが止まらなくなった己が身で、カナタはセツナを。

「良かった……。………………生きてる……。セツナ、生きてる…………」

その体の何処にも血の気はなくて、触れる肌は冷たいけれど、確かにセツナは生きていて、胸の鼓動も息遣いも、夢幻ではなくて。

抜け出せる筈もない悲しみに捕われた先程に流した涙とは違う、暖かい、『生きた』涙を、カナタはひっそりと流し始めた。

「……生き……てる…………」

『…………当たり前だろうが』

セツナの温もりを、何度も何度も確かめて、肩を震わせ泣く彼に、星辰剣が言った。

「…………うん……」

『ならもう、泣くな。御主に泣かれると、調子が狂う』

「……いいじゃない…………。泣ける時くらい……泣かせてよ…………」

意志持ち語る剣の不器用な慰めに、クスリ……とカナタは笑んだ。

口許を綻ばせ、幸せそうに。

……あどけない、とすら言えるだろうその笑みを、剣が見ることは敵わなかったけれど。

『何時までもここにいると、何が出るとも知れんぞ』

忍ばれた笑みの気配を聞いて、やれやれ……、と星辰剣は、人間のように息を吐く。

「…………僕に勝てるモノなんて、早々、いないよ……」

『そんなことは知っとる。……セツナを夜風に当てておいていいのか?』

「……判ってるよ……。動いた方がいいって……。でも…………」

『でも?』

「…………絶対、セツナに言わないでくれるかい……?」

『何を』

「立てないんだよ、情けないことに…………。力、抜けちゃって……。今は、セツナ抱えてるのが、精一杯……」

溜息と思しき息を吐いた人間臭い剣に、セツナには内緒だからね、とカナタは言って、御主……と言い掛けた星辰剣に、もう応えも返さず。

時折、幸せそうな微笑みを零しながら彼は、暫しの間、夜の街道の直中に、セツナを抱き締め、蹲り続けた。

淡い淡い、水辺を舞う蛍達ような、始まりの紋章の光も。

冥く『目映い』、闇そのもののような、魂喰らいの光も。

何時しか、ひっそりと。

褪せ、そして失せていた。