「僕は唯、セツナが寒い思いしてるなら、暖めてあげようかなって、そう思っただけなのにねえ」

──だから。

碌でもないやり取りを、打ち止めにする気などない風に、カナタは言葉を続けて。

「本当にそれだけで終わるんなら、僕だって、ありがたーーーーーく、甘えますよ、カナタさんに」

セツナも、笑いながらカナタを袖にし続けた。

「なら、いいじゃない。甘えれば」

「だから。カナタさんの場合、それだけじゃ終わらないから、ヤーですって僕は言ってるんですけど」

「……どうしてそんな言い方するの? セツナ。僕のこと、苛めて楽しい?」

「…………うっわ。カナタさんのそーゆー態度、不気味で恐いです。それにー。苛められてるのは僕の方だと思うんですけど」

「人聞きの悪いことを言わない。僕が何時、君を苛めたと」

「……………………何時も、苛められてますけど、僕」

「……おや。そうなんだ。セツナの認識って、そうだったんだ。君は何時も僕に、苛められてるって、そう思っていた、と。……成程。……じゃあ、体験してみる? 『苛め』」

「…………遠慮します」

────パチリパチリと、爆ぜる音だけは激しい焚き火の前で。

笑みを交わしながら彼等は、じゃれ合いの会話を続けていたけれど。

……不意にカナタが、浮かべていた柔らかい笑みを、ニタッとしたそれに変えたのを受け、セツナが身構えるようにしながら、渋い顔を作り。

それを切っ掛けにして、碌でもないやり取りは費え。

何となく……本当に何となく、『世界』を覆い尽くした春の宵の闇へ、身を任せる風に、二人は黙りこくった。

………………が、その沈黙も、長くは続かず。

「…………カナタさん」

大して長くはなかった、けれど彼等二人の間に流れるには長かった沈黙の後。

何を思ったのかセツナが、意を決したような顔付きをして、傍らのカナタを見上げた。

「何?」

「あの、ですね。……あの」

「……だから、なぁに?」

「あの……そのー。……えーーと。…………僕は今ですね。……その……結構、幸せなんです」

「……うん」

「幸せ……なんですよ? ホントに。……結構、僕は今、幸せなんです。その……カナタさんとこうなってー。カナタさんと、こんな馬鹿な話も出来てー」

「…………うん。それで?」

「幸せ、なんですけど。……って言うか、幸せだから……なんですけど」

「……どうしたの? セツ──

──あのっ! あのですねっ、カナタさんっ!!」

────え? ちょ……一寸、セツナっ!」

………………物言いた気な顔をして、自分を見上げて来たセツナを、ん? と見下ろしてみれば。

何やら言い辛そうに、ごにょごにょと、幸せがどうたらと言い出したから。

彼は一体、何を言わんとしているのだろうと、傍らの彼の顔を覗き込むべく背を丸めれば、随分と真剣な色を浮かべたセツナに、突然押し倒され、半ば、馬乗りのような格好になられ。

「…………セツナ?」

背中を、洞穴の大地に押し付けたまま、何事? とカナタは、その漆黒の瞳を丸くし、セツナを見上げた。

「……あの……あのっっ。教えて欲しいんですっっ。……こんなこと訊くのって……ホントは駄目……なのかも知れないんですけど…………」

しかし、セツナは。

羽織った毛布が肩からずり落ちそうなことも、自分が、カナタの上に馬乗りになっていることにも、余り意識を払っていないようで。

唯、教えて欲しいことがある、と言い募り。

「……カナタさん……。あの……カナタさん、は……その……。ぼ、僕以外に、好きになった人って……いました……? 愛してた女の人って……いました……? 好きになって……愛して……それで、その……結ばれた人って……いますか……?」

「………………は?」

「だ、だから、あのっ! あのぅ……カナタさんが……えっと……カナタさんが抱いた人って……沢山いるのかな……って……。────女の人……ですか? それとも……男の人、ですか……? どうしてカナタさん……男の人の抱き方、知ってたんですか……?」

──セツナは。

カナタの胸許に両腕を付いて、ぐっと顔を近付け漆黒の瞳を覗き込み。

『それ』を教えて欲しい、と、そんなことを。

「…………御免、セツナ」

「……何ですか?」

「笑ってもいい?」

「……どーして、そこで笑うんですかーーーーーっ!」

故にカナタは。

その身の上に乗せたままの、セツナの薄茶色の瞳を覗き返して。

懸命に、奥歯を噛み締めるようにしながら、真顔で、その問いを笑い飛ばしてもいいか、と聞き返した。