笑ってもいいか、の台詞の所為で、盛大に拗ねたセツナを、落とさぬように身を起こし。

少し体をずらせば凭れられた、洞穴の岩壁に背を預け。

膝の上に、向い合せの姿勢でセツナを抱いたまま。

「……だって、笑い事だから」

肩を震わせ息を飲み込み、カナタは笑いを噛み殺した。

「………………笑い事……」

「何だ。口では嫌だって言いながら、積極的に誘って来たのかと思ったのに。そんな『楽しい』こと言う為に、僕のこと押し倒したなんてねえ……。……残念」

「……どーせ、爆笑出来るようなこと言いましたよー、だ……」

滑り落ちた毛布を掛け直して貰った後、そのまま腕に抱き込まれ。

プン、とセツナは益々拗ねた。

「…………御免ね? 一寸、驚いたんだよ、セツナがそんなこと言い出したから。…………気にしてたんだ。……訊きたかった? ずっと」

それ以上膨らませたら弾けるのではないかという処まで、その頬を膨らませたセツナの髪を撫でながら、カナタは、低く静かな声を洩らし始める。

「訊きたかった……って言うか…………」

すればセツナの声音も、釣られたように低く小さくなって。

──知りたかったんだろう? 『過去』を」

「……ええ、まあ…………」

「どうして?」

「だって…………。……好きになった人の、『昔』……ですもん……。僕だって、少しくらいは知りたいって、そう思います……。──だから、本当は訊きたかったんです。ずっとずっと、訊きたかったんです。でも……カナタさんに抱かれるようになっても、僕はカナタさんの、ホントの恋人じゃなかったから……。カナタさんの傍に居られれば、それだけで良かったから。こんなこと、訊けませんでしたし……訊いちゃ駄目なんだろうなあって思ってましたし……」

「……そっか…………」

「…………こういうの、多分、独占欲とか、妬きもちって言うんですよね……? それくらいは、判ってるんですけど。『昔』のことなら……『昔』でいいや……って、そう思うんですけど……。僕……僕は……。僕は、カナタさんしか知らなくって、カナタさんしか好きになったことがなくって、カナタさんしか判らないですけど……カナタさんは、そうじゃないなら……。せめて、知りたいって……そう思っちゃったんです……。……こ……恋人……のこと……。折角、ホントの意味でカナタさんと、恋人になれたんなら、訊きたい……って…………」

……カナタの胸の中で、俯きながらセツナは。

貴方の昔が知りたかった……と、掠れるような声で、囁いた。

「…………セツナ」

だからカナタは、セツナを抱く腕に、一層の力を持たせる。

「……はい?」

「そういう意味でのね、僕の過去なんて訊いてみたって、何の役にも立たないよ」

「どうして……ですか……?」

「……おや。君は、その答えを知っている筈なんだけどね。…………君と巡り会う以前も。君と巡り会ってよりも。僕は、君以外の誰かを、愛したことなんてない。愛した女性も、愛した男性も、君以外、僕にはいないよ。…………君も知っている通り、女性をね、抱いたことがないとは言わない。でも、愛しているから抱いた、そんなひとはいなし、無論、そんなひともいない。………………こんなこと、ね。言葉にせずとも、君は知っていると思っていたから、今まで、音にしたことはなかったけれど。……もっと早く、伝えておくべきだったね。セツナが、思い詰める前に」

──そうして、彼は。

少しばかり強く抱き締めた、セツナの薄茶色の髪に頬をうずめ。

幸せそうに、忍び笑った。

「そう……ですか…………」

「うん、そう。今日まで、判らなかった? ……まあ、多分。セツナが気にしたのは、あの戦争より昔のことか、僕が行方知れずになってた三年の間のことなんだろうけど。……良く、考えて御覧?」

「……え? 何をです?」

「解放戦争に関わりを持った頃。僕の歳は未だね、十七だったんだよ? ……そりゃあ……恋愛に興味がなかった、とは言わないし、綺麗だな、いいな、って思った女性がいなかった訳ではないけれど。一寸ね、好きになりました、それだけで交際を……って言うのは、憚られる家だったしね、僕の実家は。戦争中は、それ処じゃなかったし。行方知れずになっていた三年間は…………だしね」

「……………………あ……そっか……」

「……この際だから、正直に言うよ。──行き方知れずだった、あの三年間に、『悪さ』を覚えたのは事実。女性を抱くということ知ったのも、あの頃。尤も、恋愛感情は伴わないそれだったけれど。……こんなことを告白したら、人でなしって思われるかも知れないけれど。快楽っていう物がね、多少の『慰め』にはなるのかどうか、知りたいと思った時があるんだよ、僕にも。……それから。男が男を抱くにはどうするんだ、というようなことを知ったのも、その頃。…………言っておくけど。試した訳じゃないからね? あちこち彷徨っていると、要らない話も、耳に届くものだから」

セツナの髪に、頬埋めながら。

一言、一言。

腕に包んだ彼の胸に、トン……と落ちて行くように。

ゆっくりと、正直に、カナタは語り。

「僕がセツナを抱けるのは。何かを知っているからでも、誰かを知っているからでもなくて。セツナのことを愛しているから。…………唯、それだけ」

又、彼は。

クスリ……と、幸せそうに、喉の奥で笑った。