そうして、彼は。
「……すっきりした?」
閉じ込めてやった腕の中で、縮こまるように話を聴いていたセツナを見下ろし。
『もう、平気か』……と。
それだけを尋ねた。
「…………平気……です」
問われ、セツナは、カナタの胸で一層、身を小さく丸め。
「……御免なさい…………」
ぽつり、呟いた。
「どうして、謝るの? 謝ることなんて、ないだろう?」
「……でも……。────あのですね、カナタさん」
「うん?」
「僕は男なのに、とか。カナタさんも男の人なのに、とか。……僕はそういうこと、一回も気にしたこと、ないんです。……カナタさんがいてくれればそれで良くって……。『カナタさんだから』……って、それが全てで。……唯、僕が気にしたのは……カナタさんは色々……僕の知らないこと……とか……、女の人のことも、男の人のことも……色々『知ってて』、色々『抱えて』たらどうしよう……って……。……僕は、カナタさんのこと好きで、カナタさんしか知らなくって、カナタさんのことしか抱えてないのに……カナタさんのこと、もしかしたら何にも知らないのかも……って……そう思っちゃって……。カナタさんと、恋人同士になったら余計、そんなこと、気になっちゃって……。だから、御免なさい…………。変なこと、訊いちゃいましたね…………」
──嬰児のように、カナタの膝上にて蹲って、彼は。
だから御免なさい……と言い募った。
「謝らなくていい。……君は、知りたかっただけなんだから。……セツナ? その想いは多分、許されるよ。──もしも、僕達が出逢った時、君がもう少しだけ大人だったら。僕も君に、同じことを尋ねたと思う。僕達が巡り会う以前の、所詮は『過去』だと判っていても。僕に巡り会うまで、君が誰を愛して来たのか、僕は多分、問い詰めた」
故にカナタは、唯、ゆるりと首を振って。
抱き留め続ける彼を、ふわり、と柔らかく抱え直し。
「…………セツナ。僕は、とても幸せで、とても恵まれているんだと思う」
「……何がです……?」
「君がね、僕だけしか知らないから。君の身も心も、僕以外の誰も知らないから。僕はとても幸せで……とても恵まれたのだと、そう思う…………」
一転、カナタは。
セツナの背へと廻した腕で、小柄な躰がしなる程、強く掻き抱き。
「嫌……なんて、言わないよね……? 今夜、僕をその気にさせたのは、君の方だ」
……彼は、膝上のセツナへ、甘い接吻を落とした。
常のように。
カナタからセツナへと降りた接吻
……何故そうなってしまったのか、カナタにも、セツナにも、恐らく判り得ぬだろうけれど、中途半端な熱を持ったそれで、情事の始まりを告げることが、何時しか出来上がった二人の『約束』だった。
大して意味がある訳でもないし、その『約束』が果たされなかったら、何かが変わってしまうという訳でもないけれど、躰を開く、ということに、未だに恥ずかしさを覚えるセツナに施すには、これくらいの半端さ加減が丁度いいのだろうと、カナタはそう思っていて。
セツナも又、それに甘んじているから。
彼等の、『始まりのキス』は何時でも、冷たくもなく、熱くもないそれ。
けれど、どうしたって、曖昧な温度の交わりなぞ長くは続かず、あっという間に彼等の間には、逃しようのない熱さが生まれるのだけれど。
「……ね、セツナ……」
────始まりのキスが費え。
見詰め合って、もう一度、唇を寄せ。
触れる、互いのそこを濡らし、吐息の乗った舌を絡めて。
吐息ごと、奪い合って。
彼等二人共、名残惜しそうに、二度目のキスを終えた時。
胸許で縮められていたセツナの腕が伸びて、己が首筋に絡み付いて来たから。
薄い毛布の中に隠れた、恋人の背を撫で上げつつ、耳朶に顔寄せ食
耳許で、セツナの名を呼び。
「…………愛してるって……言って……?」
甘く、滲むような声音で、カナタは恋人にねだった。
「……今……です……か……?」
背の骨の流れを遡るように、薄い肌の上を辿って行く指先と、耳朶を食む、濡れる音、濡れる舌先、そんなものに身を震わせられ。
カナタの首筋に廻した腕に、何とか力を込めながらセツナは、瞳も、声も、潤ませ始めた。
「……そう。今。…………愛してるって、言って? 愛してるって、聞かせて……?」
軋む程、強く縋って来た躰を尚も煽り、仰け反る首筋を舌で辿りながら、今度は肩口に顔を埋め。
カナタは再び、セツナにねだる。
「…………愛して……ますよ……? カナタ、さん……。カナタさん……を……カナタさん……だけ……愛してます……よ……」
「──ん……。僕も、愛してるよ、セツナのこと。セツナだけを愛してる……」
強い力で縋り付いていた腕が、何かに負けてしまったかのように、するり……と、己より落ちて行きそうになるのを止めながら。
辿々しく、愛していますと告げたセツナへ、カナタは囁きを返し。
聞かされた、望む声の見返りに、肌を吸い上げていたセツナの肩口を、彼はきつく噛んだ。
「……………痛っ……──」
それは、茫洋となったセツナの瞳が、ぎゅっと瞑られて、身を竦ませる程の強さで。
カナタがそこより唇を離せば、滑りの乗った肌には、噛み痕が残り、血が滲んだ。
「──……どうしたら……」
「え……?」
「……どうしたら。君は僕のものだって……証しが残るんだろう……。どうしたら、そんな証しを、君に残せるんだろう……。こんな、痕なんかじゃなくって…………」
……が、彼は。
悪びれもせず、薄く滲み始めた紅を、ゆるゆると舐め上げ。
セツナを覆う薄い毛布を、音立てさせながら、剥いだ。