「だから、うん……。そういう、訳で…………」

「そうなのか……──。いや、そうだったのね」

「ああ。もう、母さん達もいないし。皆、逝ってしまったからね。本当はもっと早く、こうするつもりだったんだけど、中々……。生きて、アレ持ってる『奴』……って言うのを、皆、『離して』くれなくてさ。……一寸、ずるずる」

「……そんな顔をしなくても。私も、似たようなものなのだし。──でも、それにしても驚いた……」

「ああ。俺も驚いたよ。擦れ違った人が、どうしてもクリスさんとしか思えなかったから。思わず、追い掛けちゃってた」

「……あ、いえ、その…………そうじゃ、なくて…………」

「…………? 何が?」

「こんな風に擦れ違って、ヒューゴの方から声を掛けて来てくれたのが、その…………」

「………………………………相変わらずだね、クリスさん。未だ、クリスさんがあそこの騎士団長で、俺が族長だった頃、俺達、何度かは再会したじゃないか。再会する度、俺、言ったじゃないか。『あの頃』だって。……そりゃ、最初の内は、クリスさんのこと、…………って、ずっとそう思ってたし。今だって、心の何処かでは、そう思ってるのかも知れない。ビュッテヒュッケ城での最後の日、俺自身が口にしたみたいに、俺は貴方のこと、許せないかも知れない。……でもね。年月は……永い年月は、やっぱり、人を変えるよ。俺もね。だから、戦士が戦士として戦士に挑んで、戦士に倒されたなら、それも、戦士と、戦いの有り様、って、嘘偽りなく思ってる。貴方は、俺の親友だったあいつの、仇だとは思う、今でも。けど。それでもクリスさんは俺にとって、戦友で、仲間で。……ずっとずっと、大切な人の一人だよ。今でも」

「……私に、だって。…………私にとっても、あの頃の皆は、ずっとずっと。ヒューゴ、貴方も。……あれが、戦士と戦士の有り様の一つと、そう認めてくれると言うなら、私はもう、何も言わない。あの頃、私は確かに、騎士で、戦士だったから。……あれからもう、こんなに時間が流れて、私も少しは変わったから、何も彼も、受け入れることは出来るけれど……、但ね。あの頃からずう……っと。本当は少しだけ、ヒューゴに会うのを、何処かで怖いと思っていたから。成してしまったことは取り返せないと、ずっと……。…………だから、御免なさい。もう、そう感じることは止める。……そうね、それを止めないと、私は『彼』の、戦士としての誇りも傷付けてしまうから」

船を降りたばかりである所為か、何処となく、ふわふわしている感覚を引き摺ったまま、常春で有名な国の、一番大きな港町の波止場を歩いている最中。

──……の、戦士としての誇りも傷付けてしまうから」

「…………ああ。俺も、そう考えてる。何年も前に、そう思うって決めたんだ。…………あ、ねえ、処で。……さんは、これから何処へ?」

「私? ……私はこれと言って、当てがある訳じゃないから、適当な船に乗ろうかって、そう思っていた処」

「そうなんだ。俺も、そう。じゃあさ、立ち話も何だから、何処か…………────

──溢れんばかりの人並みの片隅から、そんな会話が聞こえて来て。

彼はふと、足を止めた。

穏やかな国の、賑やかで、砕けた雰囲気が『ウリ』のこの波止場で、『戦士としての誇り』などという、今日日は少しばかり時代錯誤になりつつある科白が、女と思しき声にて聞けると、彼は思ってもいなかったから、珍しいな、と。

そう思ってつい、立ち止まってしまったのだ。

「おーい、どうした、置いてくぞー?」

動きを止めた彼を、共に船より降りた彼の仲間達が振り返って、急げと声を掛けても。

「……ああ」

素っ気ない一言を返して済ませてしまう程、じっと、その場に。

────ここの処、久しく。

戦士、という言葉を、あんな風に重く口にする者達には、とんと彼は巡り逢っていない。

傭兵稼業で食い扶持を稼いでいる彼や彼の仲間達も、そう言った意味では確かに戦士であり、剣士であるけれども。

職業柄の所為もあるのだろう、彼の仲間達は、戦うことで今日の糧を得ているから、『それ』を、誇りではなく、『術』と認識している者の方が多い。

だから、もう久しく……草原の緑に囲まれた、あの大地を離れてより久しく、彼は、純粋なトーンで、『戦士の誇り』と告げる者に、出逢っておらず。

耳に届いたトーンに、少々の懐かしさを覚えて、その場に佇んで。

『仕事場所』から戻って来た港町は、相変わらずの喧噪振りで、気を付けて歩かなければ、行き交う者達と、肩や腕をぶつけ合ってしまいそうな程だから、一応は気を遣い、通りの片隅へ引っ込む程度のことはし。

彼、ゲドは、やはり、周囲の者達の邪魔にならぬよう、物陰に身を潜めるようにしている、耳に届いた会話の主達を見詰めた。

……彼等の潜む物陰は、商人達が通りに放り出す様々な荷物に邪魔されて、ゲドが立ち竦む場所からは、上手く見遣ることが出来ず、その正体は掴めなかった。

会話の主達の片方が、どうやら女性らしいことと、女性らしい相手と懐かしそうな口振りで語らっている者が、少年らしい、ということくらいしか、判明しなかった。

女性の方は、積み上げられた荷物の奥の方に引っ込んでしまっていて、その姿は殆ど見えなかったし。

ゲドの側に背を向けている少年らしき方は、この気候だと言うのに、頭から深くマントを羽織っていたから。

それ故、ゲドは、つい、『要らぬ』想像を巡らせて。

そのようなこと、有り得はしないと思いつつも、運命とやらに弄ばれているかのように、再会を果たし、あそこでああして語り合っている女と少年が、クリスとヒューゴだったら、それはそれは『物語』なのだが、と、うっすら考え。

考えはしたものの、どうしたって有り得ない、と。

漸く、その場を後にした。

────ゲドという彼の、氏素性は良く判らない。

ゲド、という彼をそれなりには知っている彼の仕事仲間達にも、それを知る者はいない。

彼が、黙して語ろうとはせぬからだ。

今の仲間達にも、『過去』の仲間達にも。

が、それでも、太陽暦で言うなら四七五年、ゼクセン及びグラスランドの地にて起こった『英雄戦争』に深く関わった者達は、多少のみ、『彼』を知っている。

英雄戦争勃発時よりも、更に遡ること五十年前、ハルモニア神聖国の敵対組織、当時の『炎の英雄』に率いられた『炎の運び手』に、属していたこと。

時の『炎の英雄トワ』と、クリス・ライトフェローの父、ワイアットの、親友であったこと。

その頃、トワが真なる火の紋章を、ワイアットが真なる水の紋章を、それぞれ宿していたように、彼も又、真なる雷の紋章を宿していたこと。

そして、宿し続けていること。

……その程度を知る者達は、今尚いる。

彼が何故、二十七の真の紋章の一つを宿し、どのような経緯を辿ってトワやワイアットと知り合い、『炎の運び手』に参加したのか、それは、皆目謎だけれど。

兎に角、事実はそうであって、英雄戦争当時、ゲドはもう、生まれてより百十二年の年月を過ごしており、こうして港町に降り立った今でも、真の紋章を宿している彼は、少々『とう』が立っているかも知れない程度の外見を保ったまま、齢二〇〇歳前後となっても、生き続けている。

かつての彼の親友達が、宿していた真の紋章を手放し、想像も付かない苦痛に身を浸しながらも、限りある命を全うしたのに倣って、数えきれぬ程、己自身もその道を辿ろうと思い掛けて、思い掛けては止めて、と、それを繰り返しつつ。

──数多の人々の生き死にを、微塵の変化も得られぬ身のまま、ひたすらに見送り続けて、そうやって生き続けて、果たして『楽しい』のか、と。

そう問われれば多分、彼とて否と答えるだろう。

何故生きている、何故紋章を手放さぬと問われれば、彼は多分、無言のまま首を傾げるだろう。

言葉にするならば、『未練』、それを断ち切れぬのはどうしてなのか、彼自身にも、恐らく判らない。

それでも、何とかでも、そこに答えを与えるならば、『そうしていなければならないような気がするから』、が、彼に唯一、言えることだ。