デュナン統一戦争の最中さなか

鄙びたバナーの村の片隅で、巡り逢って以来、ずっと。

他人の目には、どうしようもなく、セツナをベタベタに甘やかしていると映るだろうカナタの『許し』を受けて、セツナは至極嬉しそうに。

視界の端で見掛けた、見ず知らずの少年が向った饅頭屋の露店へと向った。

「そのお饅頭、下さい。六つ!」

セツナを、甘い甘いそれへといざなう切っ掛けを作った少年は、その露店の前に並べられている、一寸した椅子とテーブルの一つに座って、甘い物を殊の外好むセツナにすら、「一体この人は、一人で幾つのお饅頭を食べるのだろう?」と首を傾げさせた程、大量、と言える饅頭の詰まった紙袋を抱えており。

が、誰がどれだけお饅頭を食べようと、そこはどうでもいい、とセツナは、件の少年が食べ出した饅頭と、露店の店先に並ぶ、幾種類かの饅頭をチラチラと見比べ。

やっぱり、あの人が食べてるのが一番美味しそう、と、彼と同じそれを指差しつつ注文した。

「お腹空いてないのに、五つも食べるの?」

ビシッ! と、濃い湯気の上がる蒸篭を指差し、張り上げられた、セツナの声を聞いて。

一つは己の分として、残りは……? とカナタは顔を顰めた。

「え、だって、そんなに大きくないですよ?」

「いや、大きさの問題じゃなくて。……まあ、いいけど。…………本当に、何年経っても、君は……。一体、その体の何処に、それだけの物が入るんだろうねえ……」

「……? お腹の中ですよ? 他には入りませんよ?」

「…………だから、そうじゃなくて。…………ううん。もういい……」

そうして、確かにそれ程大きくはない、と言えないこともないが、小さいとも言えない、びっっっっ……しり餡の詰まった饅頭を、店の者より受け取るや否や、幸せそうに抱き締めたセツナへカナタは、肩を落としてみせた。

「はい。カナタさんの分ですよ。暖かい内に食べた方が、美味しいですよー」

「そうだね。有り難う。……ああ、お茶貰って来ようか。セツナ、先座ってて」

が、彼が、年中セツナより見せ付けられる『無邪気』さに、げんなりとして見せたのは一瞬のことで。

直ぐさま彼は、何時ものにこやかな笑みを湛え直して、露店の横へと廻り、冷たい茶を買い求めた。

「ん?」

冷たい水を湛える井戸の底か何かから、引き上げられて来たばかりなのか、良く冷えていて、沢山の水滴が浮かぶ容器より、茶の移されたグラスを二つ持って、早くお饅頭に齧り付きたくてうずうずしながらも、行儀良くカナタが戻って来るのを待っているセツナが陣取った席へと、戻ろうとして。

狭い通路を辿り始めたカナタは、不意に、首を傾げた。

そうして暫しの間彼は、辺りに視線を配って、何やらを探っているような風情を見せ。

「どうかしました? カナタさん」

そんな態度を取った後、漸く帰って来たカナタの面に、思案気な色が浮かんでいるのを見付けて、セツナも、首を傾げた。

「…………うん。一寸」

「一寸?」

「ああ」

トン、と硬質の音を立てて、テーブルへとグラスを置き。

腰を下ろしつつセツナを見詰めて、言葉を濁しながらも。

「……『これ』」

二つのグラスから解放された両手を用い、カナタは身振りで事情を語った。

左手の指で、右手の甲を、軽く突いてみせる、との身振りで。

「…………え? 『それ』がどうかしました?」

「それが……。気の所為かな? と言えてしまうくらい、細やかに、なんだけど。『騒いだ』ような気がして」

「騒いだ……って、何に対してです?」

「『お仲間』に。……気の所為……だとは思うんだけどね。幾らここが、数多の者行き交う波止場であろうとも、早々、世界で二十七しかない代物の持ち主に、しかも、未だ僕等は見ぬ持ち主に、巡り逢うとも思えないから」

「……そうですねえ…………。『これ』持ってる人と、そんなに簡単に擦れ違ったら、それはそれで怖いです」

「でも、有り得ない、とも言えない。ここが、数多の者行き交う波止場であるのは事実だから、僕達のような人種が他にいてもおかしくはないし。少しばかり長く、『これ』と付き合っていれば、自然、気配の殺し方も覚えるし、気配を殺さなくちゃならない必要性も、身に沁みるし。……まあ、でも、気の所為、ってことにしておこうかな」

「そですね。その方がいいかもですよ? カナタさん。『これ』が一度に沢山揃うって、あんまり良いことじゃないみたいですし。擦れ違っただけ、で済むんなら、そのまま放っとくのが、僕は穏便のような気がします。今は未だ」

身振りで以て示された、カナタの感じた『気の所為かも知れぬこと』の話に、セツナは大人しく付き合ったが。

美味しそうなお饅頭を前にして、その手の話は余りしたくないです、と彼は、知らぬ存ぜぬを決め込もうと、そう言った。

「……そうだね。放っておこうか、今は未だ」

「はい。──じゃ、そのことは忘れて。……いっただきまーす」

そうして彼は、饅頭を取り上げ、被り付き始め。

「僕も頂こうかな。──……本当、幸せそうだねえ、セツナ。……ああ、そう言えば、昔」

「むふぁし? ふぁんですふぁ?」

「口の中に物を入れたまま、喋らないの。お行儀悪いよ? ──昔、あの城に来た露天商から、セツナがお饅頭貰って、二人して、それ食べて。物の見事に、ヤラれたこと、あったね。急に、思い出した」

饅頭を取り上げながらカナタは、懐かしい話を始めた。

「…………んっく。──あー……、あの時のことですか……。あの時のことは、正直、思い出したくないです。結局助かりましたから、今となっては笑い話で済みますけど。あの後、カナタさんにも、シュウさんにも、さんっざん叱られて、珍しく、ビクトールさんやフリックさんや、他の皆にも、たっぷりお小言喰らったの思い出すと、今でも遠い目出来ますもん……。……だって、美味しそうだったんですよー……。まさか、僕達のお城にお商売しに来た人達の中に、刺客がいるとも、思わなかったんですよー……。人様のこと、最初っから疑って掛かっちゃいけないって、じーちゃんだって言ってましたもん……」

「……ま、いいじゃない。過ぎたことだよ、所詮。…………でも、そうか。ゲンカク老師に、人様を、最初から疑って掛かっちゃいけないって、そう教えられて育ったんだ、セツナ」

「……? ええ、そうですけど?」

「……その割には、セツナ、他人のお腹の底探るの、好きだし得意だよね。『自分の領域』から、他人を弾くのも、得意だよね」

「……………………僕。カナタさんにだけは、そんなこと言われたくありません」

「あっ。その科白は心外だなあ。……どうして?」

「僕が、他人のお腹の底探るの、好きで得意だって言うなら、カナタさんは、もーーーっと、他人のお腹の底探るの、好きで得意で、上手いこと、それ掴むのも得……────。…………何でもありません」

カナタが、懐かしい話を始めたから。

それに乗って想い出語りを続けて、結果、ついついうっかり。

流れた話の果て、又、口を滑らせ、セツナは。

「…………ふーん。そういうことを言うんだ、この口は」

にっっっっ……こり、綺麗に微笑んでみせたカナタに、ムギュっと頬を摘まれる運命を辿った。

「いひゃいっっっ。カナタひゃんっっっっっ。いひゃ……痛いですっっ!」

「最近この口は、ちょーーーっと生意気さんだねー」

「僕とカナタさんが知り合って、何年経ったと思ってるんですか。僕だって少しは口答え出来るように……────いーたーいーでーすーーーっっ」

「ああ。口答えだという、自覚はある訳か」

ムニーーーー……と、良く伸びる餅か何かを捏ねるように、己の頬を摘んだカナタに、セツナが盛大な苦情を吐いても、カナタはそれを止めず。

「……ううううう…………。もう、口答えしませんからああっ。当分はしませんからあああっ」

「…………当分、って言い種が気になるけど。じゃあ、止めてあげる」

べそべそ言いながらセツナは御免なさいをして、それを聞き届けて漸くカナタは、セツナへと伸ばした手を引っ込め。

「カナタさんの、苛めっ子……」

「……未だ言う?」

「…………いえ。──そ、そう言えば、『これ』の話で思い出しましたけど。ルックとか、元気ですかねー」

「ルック? ……さて。元気なんじゃないのかな、多分」

ひりひりする頬を、涙目で摩りながら、セツナは無理矢理話題を変えて、満足そうに笑んでからカナタは、変えられた話題に乗った。