己の腕の中で、気まずそうに俯いてしまったセツナの様子を受け、怖がっているという風でもないし、何かを嘆いている風でもないし、と。

「どうしたの? セツナ」

さて? とカナタは、不思議そうに呼び掛けた。

「でーすーかーらーーーっ」

小柄な躰を抱き込んだ腕を緩め、ふん? と顔を覗き込んで来たカナタから、思いきり顔を逸らして、ああ、もうっ! とセツナは声を張り上げる。

「……何?」

「何時かシエラ様に泣き付いちゃった時みたいな意味で、恐い訳じゃないんですけどっ。別の意味で恐いんですっ! 恐いって言うか……恥ずかしいんですっ! 判ってるでしょう? カナタさんっ!! 僕は、五十年前にカナタさんと初めてキスしたくらいなんですからっ。そういうの、経験ないってことぐらい、知ってるでしょうっ!? 恥ずかしいんですってば、すんごくっっ! どーしていいか、判らないんですってばっ! 百年以上も生きてるのに、情けないんですけどっ!!」

何処か、やけっぱちになったように、セツナが声を張り上げたから、何事? と、更に深く顔を覗き込んでみれば。

純粋に恥ずかしいだけだ、と彼が喚いたので。

「………セツナ? 百年生きても、君の中身はあの頃のままだねえ……」

カナタは腹を抱える程の勢いで、爆笑した。

──もう、五、六年は前のことになるだろうか。

カナカンにて、偶然再会したシエラに、セツナが『泣き付いた』ことがあった。

カナタのことが大好きで、確かに愛しているけれど。

何時か、カナタに捨てられるかも知れない、それを想うと恐くて、不安で、カナタが望むように、睦み合うことが出来ない、と。

何故あの時、セツナがそんなことをシエラに零したのか、何故、何処からどう見ても、誰が見ても、捨てるなんてことは決して有り得ない、と断言出来る程にセツナのことを溺愛しているカナタに対し、セツナがそのような不安と恐怖を覚えたのか、セツナにしか判らぬことだし。

それをセツナは、今は未だ何者にも──カナタにさえも──語るつもりはないから、その部分は今暫く、謎のまま取り残される事柄なのだろうが。

彼がそう感じ、五十年間、カナタを拒み続けて来たのだけは確かだ。

セツナをその気にさせる為の画策か、わざとらしく女遊びをしてみせて、その痕跡をちらつかせてみせたカナタを想い、泣き出す程に思い詰め、けれどカナタを責められぬと庇う程、彼はカナタを、愛しているのに。

セツナはどうしても、カナタに色好い返事が出来なかった。

カナタが、別所に捌け口を求めること止めぬのなら、いっそ当て付けに、己も同じことをやり返してやろうかと、思い悩んだ経験までセツナにはあるようだが。

紋章の所為で、百年の時を過ごそうが、少年だった……しかも、本当に十五歳だったにしては小柄過ぎる体躯のまま成長を止めたセツナが、カナタに倣って娼館に潜り込むことなど叶う訳はなかったし、酒に弱いから、何処ぞの酒場で、酒の上の一晩の過ちとやらを洒落込むことも出来なかったし、彼の外見に釣り合う年の少女と、行きずりの恋を、など論外だったから。

結局今日までセツナは、元々そういった方面には淡白だったらしいことも幸いして、誰の躰も知らずに来た。

カナタに対する、不安のみを抱えて。

けれどもう。

彼の中の『覚悟』は、決まったのだろう。

百年の昔、共にゆこうね、と言ったカナタの手を取った、あの時のように。

数年前、泣き濡れつつシエラに語った『恐怖』に、蓋をする形で。

──セツナが、その感情に蓋をするという行為に、どれ程の覚悟を必要としたのか、それは、あれから百年が経ったこの日より、更に数年の年月を経なければ、浮き彫りにならぬことなのだけれど。