色の褪せた瞳をしているくせに。

口許に、笑みを貼り付かせたまま、己の両手を掬い上げた彼を。

「……カナタさん?」

ふいっとセツナは見上げた。

しかし、じっ……と漆黒の瞳を覗き込んでみても、応えは返らず。

「どうか、しました……?」

不安そうに彼は、再度カナタの名を呼び。

「セツナ……」

何処か曖昧に、セツナの名を呼び返して、曖昧に、笑みらしき表情を湛え。

掬い上げた彼の両の手首を、骨が軋む程の強さで掴み、ガシャリと、セツナの腰辺りを支えていた窓ガラスの一枚へ押し付け、覆い被さるように、カナタはセツナの唇を奪った。

素振りだけは荒々しく。

彼等の情事の始まり、常に交わされる、曖昧な深さの接吻くちづけを施す為に。

「え、ちょ……一寸カナタさん……? 何で、急に…………っ」

乱暴に、が、ふわり、とだけ触れて、半端な熱を齎し、逃げて行ったカナタの唇を視線で追って、セツナは戸惑いの声を上げた。

「急に? ……そうかな、急に、かな……。──どうと言う訳ではないよ。……唯ね、セツナは僕の『恋人』だ……って。確かめてみたくなっただけ」

薄茶色の、大きな瞳の中で揺れた戸惑いに、にこり、カナタは微笑みを返した。

………………嘘なのに。

セツナが己の『恋人』であることなど、彼は確かめたい訳じゃなくて。

己『が』、セツナの恋人であることを、確かめた……いいや、求めたいだけなのに。

例え、セツナ、という『大切』な彼が。

己の中で、『恋人』として在らずとも。

……人ですら、在らずとも。

只の、『モノ』でしかなくとも。

彼にとって己は、恋人でなくてはならず。

彼は、己の『モノ』で。

故に、彼の中の何一つとて、己以外に向けられること、許したくなく。

カナタは。

「…………でも、カナタさん……? ここ、窓辺で……。ベッド、行きましょう? 外から見えちゃいますよ……?」

「別に、僕は構わない。例え、誰に見られたって。僕は、今ここで、君が欲しい」

「だ、だけどっ! ……じ、じゃあせめて、カーテン……っ……──

──鬱陶しいってば、そんなもの」

……カナタは、こんな場所で……と、行為に抗うセツナの首筋に、噛み付くように顔を埋めた。

「んっ…………」

肌の上を這って行くモノが齎す感覚に、ピクリ、爆ぜるように躰を竦ませ、セツナは強く、瞼を瞑りつつも。

何とか動かすことは叶う指先で、カーテンの布地を、引こうとしたが。

その掌(てのひら)は出窓の板に、手首は冷たい窓ガラスに、身の重さを使って押し付けてやれば、反り返ったセツナの指先は、唯、出窓の板を掻き。

横目で流した視界の端に、『恋人』の指先が、力なく蠢くをの確かめて、満足を覚えたカナタは、膝頭で割った、脚の間に身をこじ入れて、一層セツナに覆い被さり。

滴る程に濡らすまで、セツナの耳朶を、首筋をみながら。

幾度も幾度も、繰り返し、『愛しい』彼の、名を囁き続けた。

「……セツナ」

そうして、幾度もセツナの名を呼び続ければ。

「は……あっ……っ」

セツナより上がる嬌声は、温度を増して。

「セツナ……? ねえ、セツナ。…………僕は、誰?」

「…………つっ……。────カナ……タ……さんっ…………っ」

「……僕は、君の、何……?」

「僕……の…………っ、最愛、の……人っ…………」

「それだけ……?」

「……僕、の……こいび……とっ……でしょう……っ?」

「そうだよ。僕は君の、恋人…………」

念を押すように、カナタはセツナより、嬌声混じりの言葉を、引き出し続けた。

────例え、一夜限りの、行きずりの恋のようでも。

一夜限り、躰だけを交わす、戯れの『恋』のようでも。

一夜限り、恋人のように在れるなら。

夜の間だけでも、セツナがこの行為に溺れて。

夜が明けるまで、己も又、溺れていられると言うなら。

偽りだろうと戯言だろうと、構いはしないから。

『恋人』と囁いてくれるセツナを、『世界』に、セツナに、そして己に見せつけるように、カナタは抱きたくて。

温度が高まった筈の艶やかなセツナの声が、何時しか、泣き声になっていることも忘れ。

カナタが望めば、願えば、その望み通り、願い通り、熱に浮かされながらも言葉を紡ぐセツナの、夜着の襟元を、カナタは歯で噛んだ。

セツナの両手首を捕らえ続ける己の指の力を緩めず、キシリと音がする程に布地を噛み締め、始めは、向かって右の襟元を、次いで、向かって左の襟元を、ゆるゆると、肩が露になるまで、はだけさせ。

肩口や胸許に、舌を這わせながらカナタは、ゆっ……くりと、神の御前に額ずく信徒のように、膝を折り始めた。

少しずつ、そうやって、セツナの肌を愛しながら身を屈め。

目の高さに並んだ腰帯を、やはり噛み、引き、そして解いて。

はらりと崩れた夜着を、僅かでもいい、取り戻せぬかと、無駄と知りつつ足掻いたセツナの脚の付け根──緩やかな腿の膨らみが、丁度始まる辺りに、床へと跪いたカナタは唇を寄せて、強く吸い上げた。

納得がいくまで、カナタがそれを繰り返したら、まるで、深紅の大輪の、牡丹に良く似た痕が、セツナのそこには浮かび上がった。

「鮮やかな、痕…………」

──たった今、それを付けたのは己なのに。

カナタは痕を眺め、ぽつり、感想めいた台詞を洩らし、獣のように、『牡丹の花』の痕を、音を立てて舐め出す。

「や……だっ…………っ」

……出窓より見下ろせる通りには、いまだ往来がある筈なのに。

どういう訳か、彼等の情事の始まりの頃より、一切、喧噪が届いて来なくなった室内に響き渡る、淫猥なその音に耐えられなかったのか。

涙声でセツナは訴え、身を捩り、ガラスが割れんばかりに、背中を強く窓辺へ押し付け、頤を仰け反らせた。