── カナタ ──

今はもう、遥か遠い彼方の刻の中に消え去ってしまった、沢山の、一瞬、一瞬、その何れかに、もしも、『始まり』と言うものがあるとするなら。

それは恐らく、僕がこの世に生まれ落ちた、その刹那にあるのだろう。

既に、「あれから百年程前の……」という、『大きな』括りでしか語れなくなってしまった、トラン解放戦争を率いるべく。

………………天魁星。

そんな名の星のもとに、僕がこの世に生まれ落ちた、その刹那に。

『始まり』はきっと、在るのだろう。

…………そう。

今を遡ること、百年程前。

僕は確かに、天魁星、だった。

そして恐らくは、今も尚。

────天魁星。

僕が背負った『運命』の中に、絶対の位置を確立していたモノ。

数多の星々を引き連れ、天を先駆けろ、と僕に『命じて来た』モノ。

……そんな星の許に、僕が生まれ落ちたあの日が。

恐らくは全ての、始まりだったのだろう。

セツナ、と言う、『ありとあらゆる意味』で以て、愛しく思うモノと共に過ごした、古き百年を経た、今の僕にはそう思える。

…………天魁星。

それを違えることは、僕自身にも叶わなかった、僕の、『運命』の星。

天を魁ける、星。

数多の星々を引き連れる如くにして、空を先駆ける星。

──今なら言える。

一時ひととき、『全てのこと』を忘れ去っても許されるというならば、言える。

そんな星の許に生まれ落ちたということ。

その『運命』を引き摺って、永劫に等しい刻を生きなければならないということ。

それは、或る意味に於いて。

何一つとして嘆かない、覚悟の道を行くと決めた僕にとっても……絶望に等しかった。

──天を魁ける星は、先駆ける故に、先んじる星を持たない。

星々を引き連れ、空を駆けなければならない。

例え、天に輝く星々が、数多あろうとも。

僕の前を行く星、僕の前で輝く星、僕に魁ける星、それは僕には与えられない。

『だから』僕は、全てをくした。

百年前の、あの頃。

オデッサも、グレミオも、父上も、テッドも。

僕の前に在って、僕を導いてくれただろう存在を、百年前のあの頃、僕は失くした。

魁ける星の前に、輝く存在が、在ってはならないから。

天魁星で在ること。

それは則ち、の中に確かに掴んでいた大切な全てを失うということだ、と。

あの頃から僕は、充分過ぎる程に判っていたから。

何処までもそれを、嘆こう……とは思わないし、況してや、あれから百年が過ぎた今、云々と言い募るつもりも、僕にはない。

但、それでも。

この『運命』を引き摺ったまま、僕に先んずる星の一つとて持たず、永劫、生き存えて行くのは……『覚悟』を決め終えた、あの頃の僕にとっても、重た過ぎる現実だった。

……だから。

──欲しかった。

願っても、赦されると言うなら。

いいや、例え赦されずとも。

欲しかった、心の底から。

僕を導いてくれるモノが。

否、導いてくれずともいい。

せめて、荒涼とした覚悟の道を、永劫に等しいだけ歩み続ける僕の、灯火ともしびとなるモノが、僕は欲しかった。

僕に先んずる星の一つとしてない暗闇を、過った奈落へと落ちることなきよう、歩み続ける為に必要な、僕だけの灯火が、僕は欲しかった。

天魁星を導ける、唯一の存在、天魁星が。

僕は、欲しかった。

僕だけの灯火と成り得るモノと、この世の全てとを引き換えにしてもいいとさえ、天を仰いで乞い願う程に。

──……今はもう。

数多の刻の中に埋もれて、見付けること叶わなくなった『始まり』が、僕が生まれ落ちた瞬間にあるのだとするなら。

……あの頃。

辿り着いた『高み』に立ち続ける為に、己の中に何一つとして入れず。

大切な存在もなく、憎むべき存在もなく、全てのモノを、等しく瞳に映し。

全てが等しく在り、全てが虚しく在り、全てが等しい価値を持って、全てが等しく、無価値だった──それは今でも変わらないけれど──、あの頃。

何も彼も、『どうでもいいこと』、と昇華すること叶えたあの頃。

天を仰いで、密かに乞い願った僕の想いが、聞き届けられたのか、そうではなかったのか……そんなことは、僕には判らないけれど。

この世の全てと引き換えにしても構わない、とさえ思い詰めた、僕だけの灯火と成り得るモノ。

天魁星を導ける、唯一の存在、天魁星に、僕が巡り逢ったあの日も、もしかしたら。

又、『始まり』だったのかも知れない。