……………………そう。

もう、あれから、百年以上も経ったのだから。

何も彼も、語ってしまおう。

己の胸の内でのみ綴られる、己自身の回顧くらい。

正直に打ち明けても多分、許されるから。

その為に、僕は、百年もの歳月が、過ぎ去るのを待ち侘びていたのだから。

僕が、真実望む形で以て、僕だけの灯火に手を伸ばしたとしても。

誰にも何も、邪魔させぬ為に。

あの頃の僕達を知る殆どの者が、この世を去ってしまうまで、僕は待ち続けたのだから。

だから、言おう。

────ぼんやりと釣りをしていた、バナーの村の池の畔で、セツナに出逢ったあの日。

暇潰しに構ってみようかと、ハイランド皇国と戦争中だった同盟軍と、深い関わりを持っているらしい少年に、『ちょっかい』を出し掛けたあの日。

初対面の時には、只の暇潰しの相手と看做していた彼が、僕と同じ『運命』の星、天魁星の下に生まれたという事実と。

不完全なれど、二十七の真の紋章の一つを宿している、と知った時。

……いや、彼が……セツナが、真の紋章を宿した天魁星だ、と、魂喰らいに知らされた時。

僕は、筆舌に尽くし難い歓喜を覚えた。

この世の全てを同じ色として、この漆黒の瞳に映し、何も彼もが『どうでもいい』、そんな『高み』に立ってさえ、叶うことなら……と、心の何処かで望んだ存在が、僕の眼前に現れたということ、それに対する歓喜を、的確に表現する言葉を、僕は知り得ない。

…………けれど。

例え、永劫に等しい刻を生きるようにと運命さだめられた僕の目にも、この世界が魅力的なモノとして映るように。

永劫の生を過ごそうとも、この世の神秘に、人が太刀打ち出来ぬように。

『運命』という名のナニモノかも又、素晴らしく魅力的なこの世界同様、皮肉なまでに『素晴らし』かった。

……僕の前に現れた、セツナ、という存在は。

確かに歓喜ではあったけれど。

同時に、『甘美で危険』なモノだった。

僕の右手には、今もそうであるように、魂喰らいが宿っていたから。

魂喰らいの紋章。

ソウルイーターと呼ばれるソレ。

……それが、紋章を宿した者にとっての、大切な者、愛しい者、それを好んで喰らうことを、僕は十二分に知り過ぎていた。

僕が誰かを愛することが、僕の罪になるなんて、僕は欠片も思ってはいないし、僕にとっての大切な存在、それが、このに握り締めた水よりも簡単に零れ落ちてゆくのは、魂喰らいの所為ではなくて、僕が天魁星であるが故なのかも知れない、とも思うけれど。

真実がどうであるにせよ、僕がセツナを『大切』な存在として『昇華』してしまったら最後、魂喰らいがセツナを欲すると言うならば、後先も考えず、唯、『欲しい』という感情に、僕は、己の全てを委ねてしまう訳にはいかなかった。

…………だから、僕はセツナを、何処までも、一方的な『溺愛』、という形で愛し始めた。

……いいや、愛し始めようとした。

が、結局僕は、セツナと出逢ったあの日の夜、黄金の都にて、「共にゆこうね」……と、『魔法の呪文』を囁いてしまったから。

結局それは、叶わなかったけれど。

今にして思えば。

本当に、本当に、僕は。

セツナが『欲しかった』のだと思う。

出逢ったあの時、既に僕は、セツナを欲していたのだろう。

だから僕は、『魔法の呪文』を囁いた。

そうしておいて…………そうしておいたくせに……僕は、セツナ自身に全てを委ねた。

共に、ゆこうね、と。

その一言を囁き続けることで僕は、セツナの背中を押し続けた。

囁き続ければ、囁き続ける程。

永劫の刻を歩み続ける僕をも『幸せ』にしたいと願うセツナの行く道が、狭まって行くのを知っていて。

セツナの親友だった、ジョウイ・アトレイドを、セツナ自身の手により討ち滅ぼさなければ、僕をも『幸せ』に、というセツナの願いが叶わぬことも、知っていて。

それでも僕は密かに、セツナの背中を押し続けた。

僕は、僕を取り巻く全ての人を幸せにしたいんです……と、そう言う彼が、彼の大切な人の一人だったシュウの為にと、ルカ・ブライトすら救うことにも手を貸した。

同盟軍の盟主としての、セツナの立場を鑑みれば、『大罪』にも等しいことに、あっさりと僕は、協力してみせた。

…………シュウの為にと、ルカさえも救うこと、それは。

『全てを幸せに』……と願ったセツナを、『追い詰める』に等しいと、知っていたのに。

…………故に、恐らく。

もしも僕の、この胸の内を覗くこと叶う者がこの世に存在したら。

その者は僕を、卑怯、と罵るだろう。

そうまでしておいて、僕は。

全てをセツナに委ねたのだから。

僕は、僕自身の『望み』を、何一つとして言葉にはせず。

何一つとしてセツナに、『望みはしなかった』のだから。

胸の奥底に巣食う、僕の本当の望みを、セツナが勘付いているのではないか、と、薄々察していたくせに。

……僕は、何一つとしてセツナに望まず。

僕の立ち続ける、『甘い、螢の水の如き場所』へと、セツナが、セツナ自身の意志で以て這い登って来るのを、唯、待ち続けたのだから。