そうして。
百年前のあの頃。
セツナは確かに己が意志で、僕の『許』までやって来た。
けれど、それでも。
そうしても、尚。
僕にとって、『ありとあらゆる』意味で以て、愛しい筈の存在は……『どうでもいい』、そんな言葉で示すこと叶う、唯、僕の瞳に映る他のモノとは色が違うだけの、『甘美で危険』な存在でしかなかった。
────愛して、いた。
確かに僕は、あの頃既に、セツナを愛していた。
…………いいや、もしかしたら、出逢った時から既に僕は、セツナを愛していたのかも知れない。
そうして、百年の歳月が流れた今でも、僕はセツナを愛している。
僕にとって彼は、『大切』で、『特別』な存在だった。
──あの頃も、今も。
セツナは僕だけの灯火であり、僕のタカラモノであることには変わりない。
…………但。
僕にとって、セツナは。
荒涼とした覚悟の道を、天を先駆ける星として進む僕が、行く末を間違わぬように、その足許を照らす『だけ』の灯火でしかなく。
何モノにも代え難い、タカラモノ、なだけだ。
僕にとって、彼は。
『ありとあらゆる』意味で以て、愛しい存在である彼は。
最愛の人、ではなく。
最愛のモノ、なだけ。
────言い訳、というものをしてもいいだろうか。
僕は、僕自身に、言い訳をしても、いいだろうか。
……百年前、シークの谷にて。
僕の目の前で、テッドが消えた。
三〇〇年の生涯に幕を閉じ、消え逝く寸前、テッドは、「俺の分も生きろよ」……と、そう言い残した。
…………あれから、百年以上の月日が過ぎた、今でも。
あの、テッドの遺言は、僕の中より消えない。
生涯唯一の親友として、テッドが僕に向けてくれた、絶対の信頼、それを具現化したあの言葉は、僕の中より消えてはいない。
だから僕は、生き続けなければならない。何処までも。
こうなった今となってはもう、テッドのその遺言は、生き続けなくてはならない、と思い始める、切っ掛けの一つに過ぎなくなったけれども。
僕は、生き続けなければならない。
それだけの、理由があるから。
何も見えない暗闇の中を、手探りで進もうとも。
行く末を違えようとも。
僕には決して、自らの死を選び取ることは出来ない。
でも。
百年前に見付けた、僕だけの灯火、僕だけのタカラモノであるセツナを、もしも失うことがあったら。
僕は多分もう、生きてはいけない。
僕はもう、僕の足許を照らしてくれる灯火無くして、覚悟の道を歩むことは出来ない。
…………だから。
僕が本当に、『ありとあらゆる』意味で以て、セツナのことを愛した時。
僕の魂喰らいが、セツナを喰らうかも知れぬ、と言うなら……僕はセツナを『愛さない』。
僕は永劫、セツナのことを、只の灯火として、只のタカラモノとして、この掌の中に掴み続ける。
『甘き場所』に立ち続け。
遥か遠い彼方だけを見続け。
何時終わるとも知れぬ、長い長い……永遠と続きそうな、『逝く』当てすらない旅路を、僕はそうやって進んでみせる。
どれ程、草臥れ果てても。
どれ程、泣きたくなっても。