── セツナ ──

幸せになりたい。

僕を取り巻く全ての人を、僕は幸せにしたい。

…………それが、あの頃の僕の、全て、だった。

置いてゆかれることなく。

大切な人達と、共に在ること。

それが僕の、唯一の望みだった。

それさえ叶えば、僕はどうだって良かった。

────『始まり』が一体何だったのか、なんて。

そんなこと、あれから百年が経った今でも、僕には判らない。

僕にとっての、『この世界』の『始まり』の時から。

僕は、刹那の時だけを見続けて来たから。

唯、もしも、こんな僕にも判ることがあるのだとするなら。

それは、百年前のあの頃、平穏な、バナーの村の池の畔で、カナタさんに巡り逢ったあの瞬間が。

僕にとっての『分岐点』だった。

唯、それだけ。

あの頃、僕は。

僕自身の意志で、同盟軍の盟主になること、それを引き受けた。

──あの戦いの先頭に立つこと、それは僕自身が決めたことだったから。

僕は、僕の置かれた立場を、苦しい、とか、辛い、とか……そんな風に感じることなんて、殆どなくて。

僕が、天魁星、であること。

そんな星の下に生まれた、ということ。

……それすら、戦いの日々に身を投じても、ピン……とは来てくれなかった。

けれど、段々。

日々が過ぎるに従って、僕は、天魁星、という、僕の生まれ落ちた星の『重たさ』を、感じるようになった。

今にして思えば。

本当に、嘘でも何でもなくて、僕は僕の『運命』を、笑い飛ばせる寸前にまでいたけれど……その実、何処かで物凄く、苦しい……と思っていたのかも知れない。

自覚なんて、これっぽっちもなかったけど。

あの頃の僕は、僕自身にも見えない何処かで、悲鳴を上げていたのかも知れない。

でも、例えそうだったとしても。

あの頃のことを振り返った時、たった一つだけ、僕には胸を張って言えることがある。

『幸せになりたい、僕を取り巻く全ての人を幸せにしたい』……と。

同盟軍の盟主、という立場に僕が立つ以前から見続けて来た僕の『幸せ』を、一度足りとも違えることはなかった、と言うそれ。

それだけは、あれから百年が過ぎた今でも、僕は胸を張って言える。

…………何一つとして。

僕は、後悔なんてしなかった。

あの頃の僕が選んだ道の、何一つ。

今でも僕は、悔やんでなんかいない。

──怖くなんて、なかった。

僕の『運命』の『分岐点』だったんだろう、バナーの村での出来事を経て、黄金の都でカナタさんに、『魔法の呪文』を囁かれたあの時から。

僕は、それまでにも増して、後悔とか、恐怖、という言葉を忘れた。

カナタさんに、魔法の呪文を囁き続けられても。

密かに、背中を押されても。

僕の行く先に、ジョウイを討ち滅ぼす、という『悲劇』が待っているんだ、って知っても。

僕の望んだ『幸せ』の為に、『追い詰められて』も。

僕は、何にも怖くなんてなかった。

螢の水のような、甘い甘い……不老の世界に踏み込むことも。

『高み』に這い登ることも。

怖ろしい……なんて、感じたことなんて、ない。

だってそこには確かに、カナタさんがいたから。

それだけで、良かった。

誰よりも幸せにしたい、『僕が幸せになる為に』……と。

そう願ったカナタさんが、僕の隣にいてくれるなら。

僕と共に、歩んでくれると言うのなら。

僕は、それだけで良かった。

共にゆこうね、と。

僕が心底望みながらも、カナタさん以外、誰一人として告げてくれなかった魔法の呪文を、囁き続けてくれる人がいる、ということ。

それは僕にとって、至福以外のナニモノでもなかったから。

──その、至福の為になら。

僕は『全て』を、犠牲に出来た。