「えーーーー…………、と」
──もう、何も彼も、終わりにしてしまおう。
囁くように、カナタがそう告げた後。
彼に先んじて歩いていたセツナは、ビクリと肩を揺らして立ち止まり。
それでもほわほわとした声を放って。
暗闇の中ゆっくりと、カナタを振り返り、振り仰ぎ。
「ヤ、です」
闇色の中でもそれと判る程、儚げに微笑みながらも、きっぱりと言った。
「……そう? ──でもセツナ………信じてくれる? って僕が言ったとして……今更、信じられる……?」
故にカナタも曖昧に、セツナへと笑い掛け。
あれから百年もの年月、僕は『こうして来た』のに今更……と、軽く肩を竦めた。
「……それこそ今更、何言ってるんですか、カナタさん。天山の峠で、『信じてるよ?』って言ったのカナタさんでしょう? 僕がカナタさんのこと、『信じてる』からそう言えたんだ、って、天山の峠から戻って来た時、デュナンのお城でカナタさん、言ったじゃないですか。…………僕は、あの頃も、今も。百年経った、今だって。カナタさんのこと、信じてますよ? だから、カナタさんが『信じてくれる?』って言うんなら、僕は『はい』って頷くだけですよ?」
すれは、セツナは。
何を当たり前のことをこの人は言うのか、と、ケラケラ笑いながら答えた。
「……ああ、そうだね。忘れていたよ。……何時だったか……そう確か、君と誰彼の話をした時、僕は、訊いたことがあっただろう? 『全てを知っていた』君に、『それでも』君にとって真の紋章──輝く盾の紋章は? って。……あの時君は、『それでも』紋章は、唯のお便利アイテムって答えたよね。色んな意味の、『道具』だ……って。──忘れ掛けていたよ。そこまで君が、『強い』ってこと……」
随分と、面白いことを言いますね、カナタさん、と。
声を立てて笑い出したセツナを見遣りながらカナタは、遥か遠い昔を思い出しながら、言った。
君の『強さ』を、忘れ掛けてた……と。
「ねえ、セツナ」
────この、『大切』な少年が、それ程までに『強い』、ということ。
それを思い出してカナタは、セツナに引かれていた右手で、逆にセツナの手を取って、ぽすんと体を投げ出す風に、セツナを伴いつつベッドに腰掛けた。
「何ですか?」
「もう、随分前に、約束したことがあったよね」
腰掛けたそこで、上体のみを反らし、壁際に置かれたベッドの向こう側に掛かるカーテンへ、目一杯腕を伸ばして夜空を露にし。
きょとん、とした顔をしながら隣り合うセツナを、改めて彼は見詰める。
「約束……?」
「何時だったかなー……。未だ、デュナンの城で、ハイランドと戦ってた頃。ほら、トラン解放戦争の話を、セツナがビクトール達としてて、騙されてお酒飲まされちゃった時。一緒にグレッグミンスターへ帰る途中、約束したじゃない。何時か機会があったら、トランの戦争が終わった後、セツナと出逢うまでの三年間、僕が何処で何をしていたのか、教えてあげる、って。憶えてる?」
小さな鏡を覗き込んだが為、それを砕き血を流して、胡乱
常の調子でカナタは、何時ぞやの約束、とやらを話し出した。
「…………ああ。そう言えば……。約束したまんま、結局カナタさん、お話してくれなかったから、忘れちゃってました、僕」
と、セツナは、あ……という顔になって、ポン、と両手を叩いた。
「その約束。……今、果たしてあげる」
「『今』……ですか?」
「そう。…………『今』」
あの頃交わした約束を、今、果たそう。
そう言うカナタに、セツナは複雑そうな表情を拵えたけれど。
にこっと笑ってカナタは、少しばかり、遠くを見詰める目をして、『約束』を、語り始めた。
「グレッグミンスターを出て、一番最初に僕が向かったのは、僕が父上を討った場所だった。……どうしてもね、そこに行きたかった。父上の亡骸は、マクドール家の墓所にあったけどね。墓参と言うものをするのではなく……僕の、『最後の父上』が在った場所で、僕は父上に…………父様に、暇
「クロン寺……? クロン寺って、あのクロン寺ですよね?」
「そう。あのクロン寺。……大分以前、セツナには話したことあるけど……ほら……あそこには、過去の洞窟があったから。過去へと続く『扉』を開くこと叶う、あの洞窟に立って、ともすれば振り返ってしまいたくなるモノに、別れを告げたかったんだよ」
「えっと…………。『あった』、ですか? 過去の洞窟は今でも、クロン寺にあるんじゃ……?」
傍らの人が、静かに話し始めたことに、じっと耳を傾けながら。
セツナは、ん? という顔になった。
「あー……。今でも多分、あそこに行けば、過去の洞窟はあるんだろうけれどね。……実はその時……入り口を、壊してしまったんだ、僕が。『走り始めて』しまった魂喰らいが止められなくってね。……ほら、あの頃は僕も未だ、若かったから」
それ故、ああ、とカナタは苦笑をしつつ、その時の失態を語り。
「………若かった、って……。──はあ、まあ……そうなんでしょうけど……」
叩かれた軽口に、ジトっとした目になったセツナをいなして、彼は今度は俯き加減に、話を進めた。
「まあ、それはいいじゃない、どうでも。────あの時僕は、迷惑掛けちゃったフッケン住職に、『かも』……なんて言い訳したけれど。多分……多分、ね。……多分……戻りたかったんだろうね。過去に戻れた処で、何一つ、触れることも、取り戻すことも、叶いはしないのに。判っていても尚……戻りたかったんだと思う。……もしかしたら、認めたくすら、なかったのかも知れない。僕の目の前から、テッドが消えたことも、グレミオが消えたことも。認めたくなかったのかも知れない」
「……そう、ですか…………」
「──オデッサの亡骸は、僕が僕自身の手で、彼女の『願い通り』、澱んだ水へと流した。父上の亡骸を確かに、僕はこの手で抱いた。……だから、二人の『死』……というものを僕は、認めざるを得なかったけれど。テッドとグレミオは、亡骸すら残らなかったから。……心の何処かで、認めたくないって、そう思ってたのかも。…………面白いだろう? セツナ。荒涼とした覚悟の道を、永遠歩んで行くのだと、僕は確かに決めていたのに。心の何処かでは、そんなことを考えていたのかも知れないんだよ。その二つは、僕にとって明らかに次元の違うことで。僕の心の中で、住む場所を違えていたんだ」
──語りながら、彼は。
ふと、そうしたい、と思ったのだろう。
唐突に、寄り添ったセツナの頭へ腕を伸ばして、ぽふぽふと、静かに撫で始めた。
あの頃良く、そうしていたように。
百年の年月が過ぎ去ろうとも、その癖だけは消えぬのだ、という風に。
「……………面白い、と言うか。あー……。『びみょー』、なバランスですねー、カナタさん…………」
「まあね」
話を続けながら、柔らかく頭
それを見遣ったカナタは、指先の動きは留めず、くすくすと忍び笑った。