まるで、良く出来ました、とでも言うように、セツナを見詰めながら微笑み。

「ね、セツナ」

カナタは又、セツナの名を呼んだ。

「……はい?」

「『強い』、って。どういうことだと思う?」

「…………『強い』、ですか? ……えっと……。うんと…………。それは、僕には今でも、判りません……」

呼び掛けられ、小首を傾げてみれば今度は、強いということは? と問われ。

セツナは益々、首を傾けた。

「正直な処、それは僕にも良く判らないことだけれど。……多分ね、多分セツナは、僕よりも『強い』。『何も彼も判っていて』それでも、僕を信じてる、なんて言える君はね。多分とても、強いんだろうね。…………でもね、セツナ。その『強さ』は恐らく、諸刃の剣だよ。僕の『強さ』同様。……セツナの強さは、セツナを傷付ける。そうしてしまったのは、僕なのかも知れないけれど。…………それは、判ってるよね、セツナにも」

「はい……。まあ…………少しは」

「だからね、セツナ」

そんな風な姿のまま、じっと己を見上げて来るセツナの頬に、そっと指先で触れて。

カナタは。

「………………だから……もう、終わりにしよう? ……ね?」

微笑みを絶やさぬまま、カナタは。

終わりにしよう、と再び、セツナへと告げた。

「…………だから、それは、ヤです。僕は絶対に、嫌です」

だがセツナも再び、それは嫌だと首を振ったから。

カナタはその面から微笑みを消し、軽く溜息を零した。

「……物凄く身勝手な言い分だっていうのは、良く判ってるんだけど。……聞き分けてくれないかい? セツナ。……この百年、毎日毎日僕は、何も彼もが己にとっては意味を為さない、どうでもいいことなんだ……って、それだけを確かめながら歩いて来たんだよ?」

「……知ってます。今聴きましたから」

「百年前、僕がどうやって君の背中を押したのか……知っていたんだろう? セツナ」

「ええ、知ってましたよ。だってカナタさん、案外『正直』だから。言ってること『複雑』ですからね、中々そうは思えませんけど」

「……なら、この百年間、僕が君をどう思っていたのかも、判り過ぎているだろう?」

「…………当たり前です。僕だって、何にも考えないで、百年もカナタさんと一緒にいたワケじゃないです」

──僕が君を『征服』してしまうまで、何で黙って百年も待ったのか、それだって、判ってるよね?」

「……………………ええ」

「なら、セツナ。もう…………────

──でも、ヤったらヤですっ! 終わりにしちゃう必要なんて、僕にはないですっ」

軽く、息を吐いた後。

カナタはセツナを『説得』する為の言葉を、吐き続けたけれど。

その全てに尽く、セツナは噛み付き、終いには、大きな声で、拒否を宣言したので。

深く重たい吐息を、カナタは洩らし。

「……………………判った。じゃ、本当のこと、言おうか。僕の、本当の、本音、っていうの」

彼はセツナを見詰め、曖昧に笑った。

「ここに来て、嘘なんて言いませんよね? 本当の本音、とか言っちゃって、嘘吐いたら、幾らカナタさんでも、僕ぶちますよ」

「あ、信用ないなあ。今更、嘘なんて言わないってば」

「……じゃあ、どうぞ」

「ありがと。──最近ね、『幽霊』を視るようになったんだ。お化け、って奴。テッドとか、グレミオとか、父上とか、オデッサとかの。ま、それが切っ掛けって言えば切っ掛けだったんだけど。……彼等が僕に向けて来る、咎めるような眼差しが……まあ、切っ掛け、ではあったんだけどね。……どうして、咎められてる、なんて思うんだろう……って、『幽霊かも知れないモノ』を見遣りながら考えてる内にね、気付いたんだ。セツナが最近、儚くしか笑わない……って」

「……え……? そう……ですか……?」

おどけた風ではありながらも、カナタが言い出したことは、そんな話だったから。

それに聞き耳を立てていたセツナは、え? という顔を、作った。

「自覚、ない? ……でもね、本当の話。君は最近、そうやって笑う。そうしてしまったのは、僕だけれど……気付いてしまったら最後、僕にはそれが、いたたまれなくなった。…………けれど……僕は確かに、君のことさえ、『どうでもいいこと』、と捕らえ続けて来たから……そこで、いたたまれない……だなんて、本来なら思う筈がないのに。いたたまれない、そんな風に笑うセツナなんて、見ていたくない……って、思ってしまった」

「でも、そんなこと……カナタさんが気にすることじゃ…………」

「かもね。……だけど、気になるんだから、仕方ないよね。──でね、セツナ。最近の君の笑顔が儚いということ、それに僕は罪悪感を抱いて、抱いたが故に振り返ってしまったんだよ。百年前を。百年前と……やり過ごした古き百年間、を。振り返って、そして、見てしまった」

「……何をですか」

僕の笑顔がどれだけ儚くあろうと、それは、貴方が気にすることではありません、と。

一心に言い張り続けてみれば、頬に乗ったカナタの指先が、ぴくりと軽く動いて、それを感じたセツナは無意識に、カナタの手に、己が手を添えた。

「それはね、『始まり』」

「……始まり?」

「そ。始まり。……僕が君を『欲しい』と思った、そもそもの切っ掛けは、僕が天魁星であって、君も又、天魁星だったからだ。……元々ね、僕の『始まり』は、不純だった。でも、最早そんなことはどうでも良くって。始まりは確かに不純だったのかも知れないけれど……確かに君は……君だけは、僕の中で色を違えて映り。だから僕は君を、『愛そう』と思った。遥か遠い彼方を見詰める旅路を行く為の、『只の灯火』として。……『只のタカラモノ』として」

「…………なら、それでいいじゃないですか……。カナタさんがそれでいいんなら、構わないじゃないで──

──セツナ。聴いて。……………僕は何で、そんなことをしようとしたんだろうね。どうして、そうしなければならなかったんだろうね。……どうして、そうしなければ、僕の魂喰らいが……なんて、思ったんだろうね……。────セツナ? 僕はね。それを、振り返ってしまった……」

頬を撫でていた己が手に、すっ……と重なったセツナの指を。

ツ……とカナタは掴み、握り。

「………………セツナ……?」

彼はその時、泣きそうに。

声を震わせた。