「…………も、いいです。もう、いいですから、カナタさん…………──」
「──セツナ、だからね……」
カナタの声音が揺らいだこと、その意味を察して、セツナは言葉を、遮ろうとしたけれど。
カナタより囁かれるトーンは、消えては行かず。
「だから、セツナ……。もう、終わりにしよう……? 今更こんなこと言ってみたって、何一つ、君には信じられないかも知れない。耳を貸しては貰えないのが、道理なんだろう。……………でもね……嘘じゃないんだよ…………。セツナ……? 僕は君が、好きだよ……? 僕は君を、愛しているよ……? ………………信じて、くれる…………?」
──その、声音だけではなくて。
セツナを見詰める眼差しさえも、震わせて。
好きだ……と、愛している、と。
それを、信じてくれるか? ……そう、カナタは問うた。
「……信じますよ。信じるに、決まってるでしょ? カナタさん。当たり前でしょう……?」
「昔から……百年の、昔から。僕は君を、愛していたんだと思う。ずっと……ずっとずっと。初めて出逢った、あの頃から。──認める訳にはいかなかった。それに気付いてしまう訳には…………。なのに僕はもう、この想いに嘘が吐けない。誤魔化し続けることなんて、もう出来ない。何も彼もがどうでもいい世界に僕はいた筈なのに。今でも僕は、そこにいるのに。…………君だけ、は…………。……だから僕はもう、君の傍にはいられない。君と共にあったら僕は、君を失ってしまうかも知れない。灯火である君を手放したら僕は、歩いていけないかも知れないけれど……。それでも、君という存在が、この世界から消えてしまうよりは、遥かにマシだ。君がこの世の何処かで生きていてくれる、それだけでも、僕には意味がある。……だから……セツナ? 君を手放すことを……許しておくれ……?」
「………………ヤ、です。絶対に、嫌です。──カナタさん? 僕は、カナタさんを残して、何処かに逝ったりはしません。カナタさん置いて、消えたりなんてしません。だから、カナタさん、そんなこと、言わないで下さいっ……」
真実の意味で、君を愛しているということ、それを、信じて貰えるか、という問いに、当たり前だとセツナが返せば、カナタは俯き、故に手放すのだ……と、そう告げたから。
セツナは必死に、言い募ったけれど。
「……何を失ってもいいよ。僕から何が消えようと、僕にはどうでもいいことだから。でもね……君だけは、どうしても別でね……。どうしても、失いたくないんだよ……。──セツナ、お願いだから。最初から最後まで、何も彼もが身勝手だった僕の、最後の我が儘を聞いておくれ? ………………愛しているんだよ? セツナ。愛しているんだ。だから……。君は僕を置いて。僕は君を置いて。何処か…………何処か、遠く…………────」
遠く、遠く離れ。
旅路の途中で見上げる、その空の下、何処かでは君が生きている、それを感じる『幸福』だけを残して……と。
セツナを宥め、説き伏せるように、カナタは言い掛けた。
…………けれど。
「………愛して……愛し、て……。────セツナ、セツナ、セツナ……。セツナ…………っ……」
『最愛の人』の名を呼びながら、カナタは。
衝動に駆られたように、セツナの小柄な体を、きつく抱き締め。
「離したくない…………。君を、手放したくなんかない……っ。愛しているよ、セツナ……。君が、大好きだよ……。愛しているんだよ、誰よりも……。君を手放してしまったらもう……僕は生きてなんて、いけない………っ……」
セツナの頬を、己が胸に強く押し付けると、『少年』の背へと廻した腕を震わせ、泣いているかのような声音で、幾度も、そう繰り返した。
「……カナタさん……?」
「…………愛しているんだ……。離したくない…………。手放すなんて、出来ない……。君は僕の灯火で、宝物で、最愛の人、だ……。────何処にも行かないで……? 僕の傍にいて……? 僕の手を、取って……? ……セツナ……。永い……永い、永い間。僕は君に、そう望みたかった……っ……。──信じて、くれる……? 君は僕を……信じてくれる……?」
「カナタさん……。カナタさん、カナタさん、僕は……──」
「────僕の傍にいて……。僕の手を取って……。君の手を、僕に取らせて……。僕は君を、失いたくないっ……。………………こんな日が来るなんて、思わなかったんだ……。感じるつもりなんて、なかった…………。僕の掌の上に乗せた、灯火の持つ温もり……。それを僕は生涯、感じるつもりなんて、なかったのに……っ……。…………御免……御免ね? セツナ……。御免…………。百年も君を、苦しめて来たのに……。『こんな場所』へおいで……って……『甘く』誘いを掛けたのに……僕は君を、手放してあげることすら出来ない…………っ……」
「……カナタさん……。ね、カナタさん」
────時折、息を飲みながら。
震える声で囁きつつも、叫んでいるように語るカナタを、静かに抱き返して。
セツナはそっと、カナタを呼んだ。
「……………………何……?」
そうすれば、そこで漸くゆるゆると、カナタは腕を緩め。
何処か、何かを恐れる風に、身動
そんなカナタを見上げてみれば、彼は、泣いてはいなかったけれど……でも、確かに、『泣いて』いて。
「カナタさんが聞きたいなら、僕、何度だって言います。──カナタさん。僕、カナタさんのこと、信じてますよ。ホントに」
セツナは、カナタの両の頬へと腕を伸ばして、にこっと微笑んでみせた。
「……共にゆこうね、って。言って下さい。傍にいるよって、言って下さい。──共に、ゆきましょうね、カナタさん。幸せに、なりましょうね。『しゃんぐりら』の向こうまでも、一緒ですよ? 逝き着く先までも。……僕達、そうやって、約束したじゃないですか、百年も前に」
「…………セツナ……」
「──僕が望んだように。カナタさんが望んだように。傍にいますね? 『だから』傍に、いて下さいね? ……カナタさんの手、取らせて下さい。僕の手を、取って下さい。…………僕は誰よりも、カナタさんを幸せにしたかったんです。カナタさんと一緒に、幸せになりたかったんです。カナタさんがそこにいるって知ってたから、僕は、『ここに来る』のも怖くなかったんです、これっぽっちも。……僕は何にも、後悔なんてしてません。カナタさんが『痛く』ないなら、僕と一緒にいれば『痛く』ないって言うなら、僕はそれだけで良かったんです」
「でも、セツナ、君は……──」
「──僕が選んだんです。僕が望んだんです。カナタさんは何にも、悪いことなんてしてない。……そうでしょ…………? カナタさんが僕にくれた一言は、魔法の呪文だったかも知れませんけど……でも、それだって。カナタさん以外には、誰も僕に言ってくれなかった、僕が本当に欲しかった言葉だったんです。僕は、それを貰えただけで、幸せだったんですよ? カナタさんにとって、僕がモノでもヒトでも。僕が、カナタさんの宝物だっていうのは……変わりないじゃないですか。カナタさん、僕のこと、愛してくれてるんですもん。そんなの……些細なことなんですよ……? だから、ね……? カナタさん……。共に、ゆこうね……って。あの頃みたいに、もう一度、そう言って下さい…………」
………………壊れ物に、触れるように。
そうっと、カナタの頬を、その掌で包み込んで。
ほんわり……と微笑み。
セツナは。
「僕は。カナタさん残して、何処にも逝きません。ずーっと、カナタさんと一緒です。僕がそうしたいから、そう決めたんです。大好きです、カナタさん」
カナタの漆黒の瞳を捕らえながら、そう言った後。
……幸せそうに、カナタの胸へ、顔を埋めた。