髪や衣服や肌の、所々が焦げ、焦げ茶色の泥と、真っ黒い煤だらけの子供達は、本当に汚れてしまっていて、五つくらいと思しき身の丈とは釣り合わぬ程、痩せ細っていて。
少年なのか、少女なのか、それすら判らぬ姿で、兄弟姉妹なのかそれとも、仲の良い友人同士だったのか、しっかりと、黒く汚れた手と手を繋いで、親を呼ぶ声のみを洩らしていた。
「……どうしたの。何が遭ったの?」
そんな子供達に近付いて、屈み込み、目線を合わせ、カナタは優しく問い掛けてみた。
…………彼自身が、それに気付くことはなかったけれど、彼のその態度は、厳めしい雰囲気の建物の中で、そこを訪れる者達が告げる、悔恨の言葉や、どうしようもない苦しみに耳を傾ける、聖職者に似て。
泣き濡れる子供達は、一瞬、びくりと体を振るわせ、『遠い人』から逃げるが如く、カナタから身を引き掛けたけれど、それでも、彼の眼差しも、笑みも、態度も、声も、雰囲気も、全て、優しいそれではあったから。
「…………兵隊さん、が……来て……。僕達の家を、焼いちゃった…………。父ちゃんも、母ちゃんも……、何処かに行っちゃった……。………………お兄ちゃん……、僕達の、父ちゃんと母ちゃんは……、兵隊さんに、殺されちゃったの…………?」
大粒の涙を零しながら、二人の内の一人が、ぽつりぽつり、事情をカナタに語った。
「そう……。兵隊さん達が……」
「……うん。……あの兵隊さん達は、皆を『殺す』んでしょう……? 父ちゃん達が、そう言ってたもん……。『カイホーグン』っていう所の人達に、良くしようとしたから、殺されるかも知れない、って。そう言ってた…………。──…………もう、父ちゃん達は、帰って来ないの……? 僕達を置いて、何処かに行っちゃったの……? 兵隊さん達に殺されたら、死ぬんでしょう……? 死んだらもう、駄目なんでしょう……? …………お兄ちゃん。父ちゃん達は、死んじゃったの……? 殺されて、死んじゃったの……? もう、父ちゃん達に会えないんだったら、僕達は、どうすればいいの…………?」
「……君達は、兄弟? 家族は、お父さんとお母さんだけ? 近くに、知り合いの人はいないの?」
余す所なく薄汚れている頬に、子供達は涙を伝わせているから、まるで、崩れてしまった道化師の化粧のように、ぐちゃぐちゃになった顔を向けて来る子供達が問い掛ける、人が死ぬ、ということを、判っているような、判っていないような、そんな科白には応えず。
カナタは、それだけを訊いた。
「………………隣の村に、親戚のおばちゃんがいるよ……?」
「じゃあ、そこに行こう? ……君達のお父さんとお母さんが今どうしているのか、それは僕にも判らないけれど。ここにいたら、又、兵隊さん達が来るかも知れないから。……ね? 送って行ってあげるから」
「……うん」
泣きながらも、何とか、起こった出来事を語り、カナタに問われたことにも答えた、どうやら、兄らしい方の子供は。
隣村のおばさんの所へ行こう、と言った彼に頷き、何も言えず、泣き続けるばかりの弟──ひょっとしたら、妹なのかも知れないが──の手をしっかりと握り締めたまま、空いた手を、カナタへと伸ばして来た。
──その子供が伸ばして来た手は、左手で。
カナタはするりと、己が右手を伸ばし返し、が。
……ふっ……と、彼は一瞬のみ、面差しを変え、直後には、表情を元に戻し。
「御免ね。お兄ちゃん、右利きで、武器をこっちの手に持つから。反対で、手、繋いでも良いかな?」
子供が差し出したのと同じ、左手を彼は差し出し。
「…………? ……えっと……じゃあ、こうする……」
利き手で武器を持つと、どうして手を繋げないのだろう? と、首を傾げたくなるような。
自身には理解し難いことを言った、年上の人をきょとんと子供は見て、片時も、兄弟の手を離したくはないのか、子供は、カナタの上衣の裾を掴んで、こうして後を付いて行く、と言った。
「これでも、いい…………?」
「ああ、構わないよ。──さて、おばさんの居る村はどっち?」
「左。村を出て直ぐの道を、ずっと左の方に歩いてくんだ。そうすると、あるよ……」
「……ん。解った。じゃあ、行こうね。君はもう、大丈夫だね? ええと……弟さ──」
「──妹だよ」
「……そっか。御免ね。──妹さんは、平気?」
「僕達は……平気だよ。お兄ちゃん、来てくれたし……。……でも、おばちゃんの村は、平気? お兄ちゃん。この間おばちゃんが、秋祭りの支度の手伝いするからって家に来た時、おばちゃんも、『カイホーグン』って所の人達には頑張って貰わないと……って、そう言ってたよ……? 秋祭りの頃になって、粟だって刈らなくちゃならないのに、刈ったって、今のままじゃあ、兵隊さん達に奪られるから……って……」
この子供達の親類がいるらしい村目指して、歩き出したカナタの上衣の裾を掴んだ兄の方は、『誰か』が来てくれた所為で、大分落ち着いたのか、少しずつ泣き止み始め。
妹の手を引きながらカナタの後を追いつつ、でも。
目指す村も、『こう』だったら……と、俯いた。
「行くだけ、行ってみようよ。ここにいるよりは良いから」
未だに泣き止まぬ妹、一旦は泣き止んだものの、自分の言ったことに再びの不安を覚えて、又、泣き出しそうになった兄、そんな兄妹を、宥めるように、励ますように、明るい声をカナタは放って。
この子供が語ったことは、充分有り得ることだ、と、頭の片隅で考える自分を、覆い隠した。
そうして、子供に教えられた通り、焼け落ちた村を抜け、街道へと出。
「そこに行けば、おばさんの家は直ぐ判る?」
……とか。
「近いみたいだから、大丈夫だよね。疲れたら、言ってね?」
……とか。
子供達に声掛けつつ、進み。
「君達は、幾つ?」
「僕は七つで、妹は五つ」
「……そう。七つ……」
途中、何気無く口にした話題から、どう贔屓目に見ても、五つの兄と三つの妹、にしか見えない彼等兄妹の、本当の年齢を知って彼は、帝国の圧政から解放された処で、『過去』が残した遺産が、簡単に消える筈はなかったな……と。
カナタは、少しばかり遠い目をした。
そうして、彼は不意に。
先日、父・テオの率いる部隊と戦う為に、火炎槍を手に入れようと、ダナ地方──キーロフの街の北にある、旧解放軍の秘密工場へ向かう道中通り抜けた、廃墟の街・カレッカ、そこで。
あの街に残り、たった一人で地を耕していたブラックマン、彼を見掛けて、こんな所で何を、と、思わず話し掛けた時。
ブラックマンと交わしたやり取りの最後、徐に問われた一言を憶い起こした。
────あんた。あんたは戦いの後に、何を残すつもりだい?
……と。
あの時、荒廃した大地を緑で埋め尽くすことが、己の生涯を懸けて成すべき仕事だと信じている農夫に、問われた一言を。
「お兄ちゃん? ……どうしたの?」
「…………ん? ああ、御免ね、何でもないよ。一寸、考え事してただけ」
だが、カナタがブラックマンの一言を憶い起こして、ふっと意識をそちらに傾けた途端、裾握る手を引きながら、子供が見上げて来たから。
にこっと彼は笑って、寡黙な農夫の問い掛けを、記憶の片隅へと、再び仕舞い込んだ。