思い出すのも懐かしい、あの絵本の挿絵の中の、子供達のように。

時を止めてしまったかと思える程、変わらず泣き続ける妹と。

お兄ちゃんなんだから、と、泣き続ける妹を何とか宥めようとする兄の二人を慰め続けて、街道を暫し歩いて。

子供達を励ます為の、他愛無いやり取りを繰り返しながら進んだカナタの目に、目的の村の影が、見えて来た頃だった。

村の影を見付けたが為か、それとも、別の何やらを感じたのか。

ふと、カナタは立ち止まり。

「……あ! あれが、おばちゃんの村だよ!」

兄妹の村のように、帝国兵に焼き払われることもなく、子供達の知る姿で佇んでいるらしい、静かな農村を見て、ホッとしたのか、兄の方が声を張り上げた。

「良かったね、おばさんの村は、無事のようだ」

何処にでもある小村、そんな風情で在るその集落を見遣って、カナタも彼へと笑い掛け。

「ここまで来れば、二人きりでもおばさんの家へ行けるね? ……さあ、お行き。お兄さんは一寸、用事が出来てしまったから」

「……用事?」

「うん。大事な用事。御免ね、おばさんの家の前まで、送ってあげることが出来なくなってしまって。でも、とても大切なことだから。──いいかい? 出来るだけ急いで、おばさんの家へお行き。そして、おばさんの家へ着いたら。おばさんにも、村の人達にも、暫くの間、家から出てはいけない、と。そう伝えてくれるかい? …………解った?」

「……え? 判ったけど、どうして?」

「怖い、兵隊さんが来るかも知れないからだよ。……いいね?」

彼は、子供達の足を留めさせ、自身は道の直中に屈み、彼等の顔を覗き込みながら、言い聞かせるように告げて。

行きなさい、と、二人の背を押した。

そうされて子供達は、戸惑った顔を作りながらも、カナタに言われた通り、村へと駆け出して。

カナタは、街道に膝付いたまま、子供達が村の入口を潜るまでを見送り。

「火計を用いる時は、風向きに気を配らなければ、油の匂いを敵に気付かれる、って。……そんなことも学んでないのか、今の帝国軍は」

ぶつぶつと呟きながら立ち上がった彼は、先程、微かに感じた油の匂いの漂って来た方向へ向き直った。

……それは恐らく、あの子供が言っていた通り、この近隣で、解放軍に協力しようとした集落全てを潰そうとしているのだろう帝国軍が、仕掛けようとしている物だ、と当たりを付け。

「…………例え、戦いの後に遺るもの、それが、焼け野原であっても。今はそれでいい」

背に追っていた棍を、右手に構え直し。

「草むらに隠れていないで、出て来るといい。……僕が、相手をしよう。トラン解放軍軍主、カナタ・マクドールである、この、僕が」

構えたばかりの棍を、軽く一薙ぎ、振って、彼は。

子供達が駆け込んだ村や、街道を取り囲むように生えている、枯れ掛けた草むらの中の気配達へ、声高く告げた。

「解放軍、軍主…………?」

……すれば。

粟さえも刈り入れの頃を迎える、秋の草原を渡る風に乗って、辺りに響いたカナタの声を聞き付け、帝国軍人のみが身に着ける甲冑を着込んだ兵士達が、茂みの中から次々、姿を見せ始め。

「カナタ・マクドール……。……確かに……。──捕らえ……、いや、首を落とせ! 皇帝陛下に弓引く大罪人だ!」

彼の人相を知っていたのだろう、現れた者達は、街道の直中に佇むカナタを見遣るなり、顔色を変えて、腰の剣を抜いた。

「……はいはい。大罪人で結構。僕が祖国に弓引いた、それは、事実だ。例え、僕には僕の、言い分があるとしてもね。──でも、その前に。お前達の言い分の中で、僕を罰したいのならば。先ず、僕を倒してからにすることだ」

シャラシャラと、幾重にも織り重なる弦の響きように、鞘走りの音を立てつつ引き抜かれ、構えられた剣を見渡して。

カナタは、笑い始める時のように、口角を上げた。

「偉そうに、何を。…………貴様等解放軍が、何を求め、何を望むかは知らないが、俺達はこの帝国の兵士として戦ってるんだ、たった一人しかいない貴様なぞに負けたりするものかっ。下らない信念のみで、戦いの結果など変わらないっっ」

……軽く、笑むようにしながら。

己しか味方のいない彼が、さも、自分は負けぬ、とでも言うような科白を吐いたのが、兵士達は気に入らなかったのだろう。

怒鳴るように、『祖国』の言葉を兵士達は口にし。

「信念の強さのみで戦に勝てるなんて、そんな馬鹿げたこと、僕も考えたことはないね。信念の強さが等しければ、勝敗を決めるのは、信念の上に乗る、技量だ。……そして、信念の上に乗った技量の、更にその上に乗るのは。……信念ですらない、『想い』」

今度はすっ……っと、湛えた薄い笑みを納め、カナタは棍を構えたまま、呟きを終えると同時に、地を蹴った。

強く蹴り付けた街道を、滑るように走って、弧を描きつつ踵を返すように、身を捻り。

その身の動きに任せて振るった棍で、先ずは数名、ジリジリと近寄って来ていた兵士達を薙ぎ払い。

──………………に応えて、その姿を見せよ、ソウルイーター!」

動きを止めたその場にて、姿勢を正しながら右手を掲げて。

詠唱の言葉を言い切った彼は、魂喰らいの紋章を、呼び出した。

ほんの数日前、親友だった彼を亡くしたあの時。

逝こうとしていた親友、テッドが、その刹那、『真実の姿』を教えてくれた、紋章を。

テッドの魂を喰らって、真の力と正体を見せた、魂喰らいの紋章の。

その、最大の力を、躊躇うこともなく。

「な、に…………?」

それ故、一薙ぎで、自分達の仲間を複数、討ち倒してみせた彼の技に、一瞬怯んだ兵士達の前で、紋章はカナタの望みに応じ、その姿の全てを晒し出して。

方円に広がった、漆黒色の光の中から、鎌のような何かを構えつつ、ゆらゆらと揺れる死出の遣い達は現れ、宙に、そして地に、陣に似た紋様を描きながら遣い達は。

ふわりと浮かんでいたそこより、一層、高く浮かび上がって。

ゾロリと、不気味な程静かに、その身の向きを変え。

パッ…………と、辺りの全てを取り囲むように、散った。