それを見遣った全ての者が、忘れ得ぬ何かを胸に残すだろう程、印象的で、綺麗な笑みを浮かべるのが、カナタの常だから。

そんな風に、いとも容易く笑んでみせる貴方を、どうすれば、貴方を『夢』と崇める自分達が、解放軍軍主──自分達の前を魁ける星以外の存在として、見遣れると言うのですか…………、と。

心秘かに思いつつ。

貴方の正軍師である私でさえ、貴方を『貴方』として見遣れぬ部分を、貴方が数多持つことが、貴方の最大の不孝かも知れない、とも思いつつ。

「……何故ですか」

素知らぬ顔をして、マッシュは、話を続けた。

「僕も、単なる『人』だからね。ちっぽけな、人間、という存在の、その又一つ、でしかない。だから。軍主である僕と、その『僕』と。時に、切り離して貰わないと、都合の悪いこともある」

そうやって、何故、と問いはすれども。

マッシュなら、こんな約束の一つくらい、黙って受け入れてくれるだろう、と踏み。

カナタは、打ち明け話の先を進めた。

「判りました。……それで?」

「…………そっくりだったんだ」

「そっくり? 何がですか?」

「一寸した息抜き──僕としてはね、少しばかり『贅沢』な息抜きのつもりで向かった先で見た、焼き討ちされた村の、子供達が。……良く似てた。僕が出会ったあの子達よりも、未だずっと幼かった頃に、父上にねだって読んで貰った、絵本の挿絵の中で泣いていた、子供達に。あの子達は、そっくりだった。あの絵、そのもののように、泣いていた。…………父上を、憶い出した訳じゃない。唯、あの絵本を憶い出しただけ、それだけだったけれど。あの子達が気になり過ぎたのは確かだ。……でも、それでも未だ、あの子達を見付けた時は、何処か落ち着ける先まで送ってやって、それで良いにしようと思っていただけだったけれど……」

「……途中で、気でも変わられたのですか?」

「…………あの子達を、親戚のいる村まで送る途中で、帝国兵の気配に気付いた。子供達の伯母上の住まう村を、焼き払おうとしていた彼等に。…………そうしたら、遣る瀬なくなった。……あの絵本の挿絵の中で泣いていたような子供を溢れさせる為に、父上は、帝国軍人として生き、そして逝った訳ではないのに……とね。……父上が遺そうとしたモノは、そんなモノではないのに。あの日、僕の瞳に映ったのは、その帝国が拵えた、焼け野原だけだった。焼け野原と、泣きじゃくる子供達」

「カナタ殿…………」

…………続いて行く、打ち明け話の最中。

カナタの語りの中に、彼の実父のことが、織り混ざった時。

マッシュは、酷く複雑そうな表情となったが。

彼のそれに、気付いているのかいないのか、カナタは口を閉ざさず。

「戦いの果てに遺るものが、全て喪くした荒れ野であっても、今だけは構わないと、僕は思う。今は、荒れ野しか遺せなくとも、それで、良いと思う。──戦いの業火は、全てを焼き尽くすのみだ。何も生まない。けれど、その先にしか、この国の解放がないと言うなら、荒れ野のみを遺してでも、僕はそうする。帝国が遺す荒れ野と、僕が遺す荒れ野に、何らの違いがなくとも。……但……」

「…………但?」

「……あの絵本の挿絵の子供達のように、泣き濡れるだけの幼子は、叶うなら、もう見たくない。父上がその忠を尽くした、帝国が生み出す荒れ野は、もう見たくない。父上は、そんなことの為に、逝ったんじゃない……。……同じ荒れ野なら、僕が生む。テッドから託された、『本当の』魂喰らいを振るってでも。どの道、荒れ野と魂喰らいの先に、僕の行く先はあるのだから。……とね。あの時、そう思って…………。魂喰らいの全てを振るっても、テッドは……テッドなら、解って、赦してくれると、そうも思って…………」

打ち明け話の終わり、彼はもう一度、印象的で、綺麗な笑みを、ふわりと湛えた。

──こんなこと白状したら、絶対マッシュには、雷落とされるな、って。そう思ったから、誤摩化してたんだけど。駄目だったね、やっぱり。……もっと、上手いことやるんだったなあ……」

そうして彼は一転、それまでは、低く淡々としていた声の調子を、何処にでもいる、悪戯好きの少年のようなそれに変え。

片目を瞑り、ペロっと、舌を出してみせた。

「……あ、先に言う。反省はしてる。白状したからには、きつー……い小言も覚悟してる。………………やっぱり、お小言?」

「…………そうですね。事情はどうであれ、反省はしっかり、して頂きませんと」

悪戯を、誤摩化すような仕草を見せて、地に着かせていた棍を、ふわりと持ち上げ再び舞い出し、覚悟はしていると言いながらも、説教は嫌だと、暗に告げて来たカナタへ。

マッシュは、これまでと変わらぬトーンで、きっぱりと言った。

「だから、反省ならしてる。目一杯、してる」

「私の目には、そうは映りません。本当に、心から、行いを省みておられるなら。カナタ殿、私の言い付けを一つ、聞いて頂きます」

「言い付け……?」

「…………今宵はもう、お休み下さい。──この数ヶ月程の間に起こった出来事と、貴方の取られた休息は、釣り合いません。明日の為に休まれるのも、貴方の仕事の一つです。……何も彼も、負おうとされる程度、貴方も、お疲れではあるのでしょうから」

「……要するに、『下らないこと』を考える程度には疲れているんだろうから、休め?」

「はい」

「休む、ねえ…………」

常通りの、軍師然とした調子で、言い付けを聞け、と言われ、首を傾けてみたら、耳を塞ぎたくなる程の説教を、沈黙と共に聞くよりも、懇々と説かれる軍主としての道の話に、大人しく頭を垂れるよりも、尚『難しく、嫌なこと』をしろ、と、彼に詰め寄られ。

カナタは僅か、背を向け加減にした。

「お休み下さい。反省為されておられるのでしょう?」

だがマッシュは、しれっと再びそれを繰り返し。

「……判った。守ればいいんだろう? その言い付けを」

夜が深い内に眠るなんて、何百日振りのことになるのか、それすらもう判らないのに、眠れるとは思わないけどね……と、内心でのみ呟いて、カナタはそれを、受け入れた。

それ故、彼は、再びの『舞い』を打ち切り、肩に棍を担ぎ、小舟の方へと足を運び始め。

──…………カナタ殿」

自らが言い渡した、「休め」の言い付けに従う為のカナタの足取りを、申し渡した当人であるマッシュが、声掛けて止めた。

「……何?」

「未だ、貴方は『貴方』で、私は軍師でない『私』ですから。……一つ、お伺いしても宜しいですか」

「何を?」

「…………問うことは、ありますか。『これで、本当に良かったのだろうか』、と。問うことはありますか。ご自身から、ご自身へ向けて、これで、良かったのか……、と」

戻れと自ら促した、足さえも止めさせ、マッシュがぶつけて来た言葉は、問いで。

「問わない。……少なくとも、今は未だ」

軍師の問い掛けに、カナタは、打てば響く早さで答えた。

「マッシュは、それを、問うことがある?」

「いいえ。私も、それを問うことは致しませんよ。……少なくとも、今は未だ」

「……なら、良い。軍主と軍師と、雁首揃えて、そんなことを問うているようでは、到底、戦に勝ち抜くことなど出来はしないから。────大丈夫。何時か時が、答えをくれる。僕達が、その答えを受け取ることは叶わないかも知れないけれど。時は必ず、答えをくれる。……僕達には、戦いの後に荒れ野しか遺せなくとも、その僕達が過ぎ去った後に、荒れ野に緑が戻れば、それが答えの一つだ」

そして彼は、答えを返し続けて。

「……そうかも、知れませんね」

「…………マッシュ」

「はい?」

「今は未だ、マッシュが、それを問うことはなくとも。もしも何時か、それを思う時がやって来たら。必ず憶い出すと、約束してくれないか」

「…………? 何を、ですか?」

「僕は、僕自身の想いと、僕自身の願いの為に、僕が作る荒野あらのを生み出すことを、厭わない。僕が生み出す荒野、それが、このトラン全てに広がっても、僕はそれも、後悔などしない。……その代わり。荒野の果てにあるモノ、それを、必ず見て。それを、必ず還す。……そう約束する、と。僕が、言っていた、と。憶い出してくれないか、もしも、その時が来たら。…………僕には、テッドから受け継いだ、ソウルイーターという道連れがいる。だから僕には、無限の生がある。……この約束を、必ず果たせる程の刻が、僕にはある。…………だから、マッシュ。何時の日かやって来るかも知れない、『その時』が来ても。後悔など、覚えないでくれ」

────…………返し続けた、『答え』の終わり。

カナタは、又。

にこり……と、笑ってみせた。