魔術師の塔の、最上階のあの部屋を。

去ろうとした時だった。

やけに、複雑そうな表情を湛え、何やら、名残惜しそうな風情に見える雰囲気を漂わせながら。

瞼閉じられたままの瞳で、じっと、カナタのことを見ていたレックナートを見遣った時。

ふと、何故か。

船長──それが、『あれ』の本当の呼び名なのかどうかは判らないけれど、便宜上、『船長』と呼んでいた、あの存在からソウルイーターを取り戻した反動を喰らって、床へと倒れ込み、ぼんやりとしていた意識を取り戻す瞬間聞いた、随分と柄の悪かった、一五〇年前の『国王陛下』の言葉を。

テッドは不意に、思い出した。

あれは、誰なんだ、と。

魔女か何かか? と。

剛胆だった王様にしては、随分と慌てたような調子だったな……と今では思える、そんな声音で。

あの男が、『彼』へと尋ねていた言葉を、テッドは記憶の底から掘り起こした。

そうして、それを掘り起こしたら。

掘り起こされた、魔女、という言葉と。

眼前の、女魔法使いの姿が重なり。

何処かで聞き覚えた気がする……と感じたレックナートの声は。

まるで、幽霊船のようだったあの船の中で、ぼんやりしながら聞いた誰かの声にそっくりだ……と彼は気付き。

思わず、テッドはまじまじと、レックナートの面を眺めた。

…………有り得る筈などない、と。

そうは思った。

あの出来事から既に、もう一五〇年が過ぎているのだ、例え、あの時あの船の中で聞いた声が、彼女のそれそっくりだったとしても。

あの王様が、魔女か? と『彼』に問い掛けていた『誰か』が、彼女に重なるとしても。

それは、彼女の声、彼女自身、では有り得ない。

……生きていられる筈などない。

百年以上もの時を越えて、『人』が生きていられる筈などない。

有り得ない。

……と。

もしも、あの時の『誰か』、あの時の声、それが、レックナートという人だったとして……と考え直ぐさま。

テッドはそれを否定した。

だが、その否定の最後。

自分のように、『紋章』でも宿していない限りは……と、そう思い掛け。

レックナートを見詰め続けていた己が瞳を、テッドは一層、見開いた。

…………しかし、ひたすら見詰め続けられても。

カナタ達には悟られぬように、彼が一人息を飲んでも。

レックナートの佇まいは変わらず。

何も彼もが、考え過ぎでありますように……と、テッドは祈りさえしたのに。

魔術師の塔への遣いの任を果たし。

続きカナタが命ぜられた、ロックランドにての任を終え。

大切な親友を護る為、とは言え、魂喰らいを解放してしまい。

けれど、己が振るった力が何なのか、解る者などいないだろう……と、自分で自分に言い聞かせるようにして舞い戻った、黄金の都で。

三〇〇年、只ひたすらに逃れ続けて来た、正しく『魔女』、ウィンディと再会させられる羽目に陥って。

命からがら、の体で逃れて来て、そして匿って貰った、親友の生家にて。

──歪んだ。

泣き出してしまいそうな程に、歪んでしまった、親友の顔を眺め。

心からの親友のことを思いながらも。

一五〇年前のことを思いながらも。

自分で自分が情けなく感じる程、絶え絶えの息で、取り繕いも出来ぬまま。

足りない時間の中、足りない言葉で、己が過ごして来た、この三〇〇年の日々を語り。

この紋章は、お前に不幸を齎すかも知れないから。

その時は、俺を恨んでくれても構わない……だなんて、偽善めいた風にも聞こえる言葉を音にしながら、それでもカナタに、ソウルイーターを託さなければならない、今、この時になって、テッドは。

…………気付けば良かった……と。

懐かしい『香り』を運んで来る、あの頃を伝える物語を、『カナタが』読んでいたことも。

あの魔術師の塔で思ったことも。

全ては、偶然でも何でもなくて。気の所為でも何でもなくて。

この日、この時を迎えることになるんだよ、との、予兆だと気付けば良かった……と。

ぼう……っと、思い巡らせた。

……そして、思い巡らせて。