────偶然なら、良かった。
『長生き』していれば、一度や二度、巡り合うことだってあるだろう偶然だ……と、そう思えたまま、終われば良かった。
気の所為なら良かった。
全てのことが、思い過ごしで、気の所為で、考え過ぎ……、の一言で終わってくれれば良かった。
なのに、何も彼も、偶然ではなくて、気の所為でもなくて。
やって来るなんて、気付くことも出来なかった、今日この日の為にあったかも知れない出来事達で。
後悔のようなモノ……、を覚えたまま、自分は。
これまでの三〇〇年を語り。
親友に、魂喰らいを与えなければならない。
……カナタに、この呪われた紋章を渡す、ということは、紋章の齎す重たい運命、齎す呪い、そして訪れるかも知れない不幸、それらを、カナタの肩に乗せてしまうだけでは終わらず。
己の背負って来た、三〇〇年の『刻』すらも、伸し掛からせてしまうことになるのに。
そんなこと、解り切っているのに。
……なのにどうして、自分は。
初めて得た、心からの親友に、こんなものを託さなくてはならないんだろう。
自分には、カナタしかいない。
カナタしか、これを託せる者なんていない。
……でも。
永い、永い間、己が『連れて来た刻』を、何時でも自分は振り返れるのに。
罰の紋章を宿しながら、それでも身を削って、命を削って、戦い続けていた『彼』を、直ぐ傍で見ていた一五〇年前を、良く、知っているのに。
どうして、自分は。
────……テッドは。
過去を、紋章を語りながら。
カナタに、ソウルイーターを託しながら。
巡らせた、想いの果てに。
そんな風な、何か、を。
胸の片隅に覚えた。
…………でも。
でも、カナタなら。
カナタなら、きっと……と。
確信めいた『何か』をも、抱きつつ。
だから、それから。
多分……少なくとも、瞬き程の、と言えてしまうくらい短い時間ではなかった、と例えても許されるだろう刻が過ぎ。
シークの谷、と呼ばれているらしい、鬱々とした、淡い色の水晶があちらこちらに見付けられる、薄ら寒いそこにて。
親友と、望まぬ、けれど再びの邂逅を果たすことが出来た時、テッドは。
カナタにはきっと、伝わりはしないだろうけれど、と思いながらも、心の中でだけ、これまでずっと、親友へと注ぎ続けていた笑みを浮かべ。
決してカナタには見えないだろうその笑みの中に、「御免な……」との想いを籠めて。
皮肉だ、そう思いつつも。
『…………カナタ』
己が宿し続け、今、親友が宿しているソウルイーターを介して、カナタに呼び掛けた。
──もしかしたら。
魂から魂への呼び掛け、と言えるかも知れないやり方で、テッドがカナタを呼べば。
カナタは何故か、にこり、とした笑みを作り掛けた。
その、彼の表情を、魂喰らいを求めて止まない魔女、ウィンディに与えられてしまった支配の紋章に操られるまま、口にすることなど有り得ない科白を吐き続けている自身の裏側で眺め。
…………知らない、と。
咄嗟に、テッドは思った。
────……知らない。俺は知らない。
カナタの、こんな表情。
こんな風に笑う、こいつを俺は知らない。
……『悪い』風に、笑おうとしている訳じゃない。
何処か壊れてしまったように、笑おうとしている訳でもない。
何かを無理している訳でも、何かを堪えている訳でも、ない。
体の良い言葉で言うなら、風格、のような。
そんな笑みが、今、カナタが作り掛けた笑みだけれど。
俺は知らない、こんな、こいつの顔。
…………カナタは、一体。
この、瞬き……とは決して言えない、刻の中で。
その刻を過ごして来た中で。
一体、何を越えてしまったんだろう。
何を、越えようとしているんだろう。
………………あいつの、目には、今。
一体、何が見えているんだろう。
そして、あいつは一体。
何処へ、行こうとしているんだろう。
俺も知らない、笑みさえ浮かべようとしながら…………と。
その時咄嗟に、テッドはそう思って。
でも……否、『だからこそ』。
『────許して欲しい』
……と。
テッドは、カナタに告げた。
何かを言い掛けた、何故か笑い掛けた、カナタを遮って。
『これから俺のすることを、カナタ、許して欲しい』
再度、彼は親友へと、そう告げ。
紋章を、『断罪』しつつ。
…………テッドは、魂喰らいに、自らを捧げ。
その、三〇〇年の生涯に、己の手で、幕を引いた。