草原の片隅で野宿した翌朝、トトの村までの道行きを共にすることになった彼等が、その野営の場所を離れたのは、正午近くだった。
夕べの出来事の所為で、傭兵砦から逃げ延びて来たカーラはとても疲れていたから、元来から良くない彼の寝起きがとても悪かった、との理由も、あの騒ぎの所為で、ユインもグレミオも眠るのが遅くなったから、総じてその日の朝は遅かった、との理由もあったけれど。
カーラの寝起きが殊の外悪かった、と言っても、毛布に丸まってグズグズ言い出したカーラの額の丁度真ん中を、ユインが爪先で思いっきり弾いたら、あっという間にそれは解決したし、総じて朝が遅かった、と言っても、高が知れていて。
結局の処、彼等の出立が遅くなった一番の原因は、朝日の下でカーラの姿を見たら、彼の服を直ちに剥いで、繕いをしたい、との衝動に駆られ、駆られたその衝動に正直に行動したグレミオにあった。
だからカーラは、昨夜の戦闘であちこちが綻びた服を繕う、と言い出したグレミオに、草原のど真ん中で半裸にされ。
「御免。グレミオ、言い出したら聞かないから」
と、苦笑を浮かべたユインに、毛布で包まれ宥められ。
「グレミオさんって、どういう人なんですか……? ……あのー、ユインさんとグレミオさんって……?」
「あー……。僕達は、まあその。諸国漫遊の旅の最中で。グレミオは、その…………。……うん。子分」
「……子分、ですか…………?」
「うん、そんな感じ」
「はあ……」
──と言った感じの、カーラにしてみたら、何処までが本当なんだか、と疑いたくなるやり取りを経て、何とかかんとか。
彼等は、その草原の北、トトの村を目指し始めた。
トトの村へと向かう、道中も。
「……あの」
「ん?」
「トトの村、何日か前に、ハイランドの部隊に焼き討ちされちゃって、今はもう廃墟なんですけれど……。それ、ご存知ですか?」
「焼き討ち?」
「ええ。ルカ・ブライトに、焼き討ちにあって……。トトの村だけじゃなくって、リューベの村も。ですから、今トトに行っても誰もいないですし、何もないと思いますよ」
「……成程。……ん、まあ、でもどの道、そっち方面に僕達も行かなきゃならないし。君のこと、送ってくって約束したから。トトに着いたら考えるよ」
「結構、アバウトな旅、されてるんですねえ……」
「まあね」
……と言った調子の、余り捕らえ所のない会話を、カーラとユインは交わし。
助けて貰って、こんなこと思うのは何だけど、本当にこの人達って何者なんだろう? との疑問を、カーラが益々深く抱えるようになった頃。
午後遅く。
三人の目の中に、遠目からも、焼け爛れていると一目で判る、トトの村の入口が映り始めた。
「ああ、見えて来ましたね。あの村ですか? ……確かに、一寸酷そうですね……」
黒く焦げてしまっている、かつて、トトの村を囲っていた土作りの壁を眺め、グレミオがぽつり、溜息のように言えば。
「……ええ。酷い、です……」
カーラは、あの村の惨状を思い出したように、声を潜め。
「ルカ・ブライト。狂皇子、か……」
ユインは、ハイランド皇国皇太子の噂を、脳裏に浮かべ。
村を目指し続ける彼等の足取りは少々、重たいそれへと変わったが。
「…………あっ! カーラっ! カーラだっ!!」
もう間もなく、村の入口を潜れる、という所まで彼等が辿り着いたら、門柱の辺りから、少女の物らしき甲高い声が響いて、だっと飛び出して来た桃色の固まりに、カーラがどさりと地面へ押し倒され、暗くなり掛けていた雰囲気は消し飛んだ。
「え……っと……?」
カーラの名を呼びながら飛び出して来た桃色の固まりへ、ユインは棍を構え掛けたが、直ぐに、その固まりが少女であると判って、彼は棍を収め。
「もうっ! カーラの馬鹿っ! どーしてお姉ちゃん達と一緒にいないのっ! どうして一人でどっか行っちゃうの! 心配したんだからねっ! ハイランドの兵隊さん達に捕まって、酷いことされてたらどうしようかとか思ってたんだからっ! 無事なら無事で、どうして直ぐに追い掛けて来ないのよっ! 今の今まで何処で何やってたのっ! お姉ちゃん、カーラのことそんな風な不良に育てた覚えないよっ!」
取り敢えず、害はなさそうだ、と判断したユインやグレミオの存在にも気付かず、桃色の固まり──少女は、押し倒したカーラの胸倉を掴んで、甲高く叫びつつ、ぶんぶん、カーラを揺さぶった。
「ちょ…………。ちょっ、ナナ……。あ、の……。痛っ……。……あの、ナ……ナナミ……。だ、から……──」
伸し掛かられ、渾身の力で揺さぶられ、結果、後頭部を幾度も地面にぶつけることになり、目を白黒させながら、カーラは少女を止めようとしたけれど、少女は、一切の聞く耳を持たず。
「ホントにホントにホントにホントに心配したんだからっ! 私もジョウイもピリカちゃんもっ! ムクムクだって! なのに、あんたって子はっ!」
「………………あのー。一寸、いいかな?」
害はないと思ったんだけど、と。
見兼ねたユインが、少女の首根っこを引っ掴んで、カーラより引き離すまで、少女のそれは続いた。
「…………はい? どちら様ですか?」
そうされて漸く、少女の『暴挙』は納まる。
「大丈夫ですか? カーラ君」
「……はい。すみません、グレミオさん……。ユインさんも、御免なさい……」
「カーラ? この人達、知り合い?」
「ナナミっ! 何の騒ぎだいっ? カーラが……──。──…………あれ?」
グレミオに助け起こされたカーラへ、きょとん、と少女が首を傾げた処で、村の奥から、小さな女の子を抱えた少年が飛び出して来て。
「……えーとですね。僕の義姉のナナミと、親友のジョウイ、です。ジョウイが抱いてるのが、ピリカで……。──ナナミ、ジョウイ。ユインさんと、グレミオさん。昨日、皆と逸れちゃった後、助けて貰ったんだ」
皆が皆、訝し気な表情を拵えたのを見て、カーラが、それぞれに、それぞれを紹介した。
ユインとグレミオに、ナナミやジョウイ達のことを。
ナナミやジョウイ達に、ユインとグレミオのことを。
カーラが紹介し終えたら、ああ、そういうこと、と、漸く皆、納得がいったようで、ぺこり、とナナミが、義姉然と、二人へ頭を下げ始めた。
「そうだったんですか。有り難うございました、ユインさんにグレミオさん。カーラのこと、助けて下さって」
「カーラがお世話になりました。助かりました」
ジョウイも又、ナナミ同様、カーラを助け、送り届けてくれたことを、ユイン達に感謝するように頭を下げ。
「いや、そんなに気にしないで」
少々、物言いた気な顔付きになってユインは、ナナミと、ジョウイと、何処からともなく飛び出して来た、赤マントを羽織ったムササビに懐かれているカーラとを見比べた。
「処で、カーラ。……それ、ムササビじゃないの? 大丈夫?」
「あ、平気ですよ。この子は、ムクムクって言って、僕達の幼馴染みですから」
三人の少年少女を見比べ序でに、どうにも気になって仕方がなかったらしいことを、ユインは尋ね。
「ふうん………。ムササビが、ね」
心配ないですよ、とにっこり、抱えた毛玉を差し出して来たカーラと、ムクムクとを今度は見比べ。
「さて。無事、お義姉さんと親友君と、巡り会えたようだから…………──」
まあ、何か何でもどうでもいいか、トトまで送るという約束は果たしたのだし、と、ユインがカーラへ、別れを告げようとしたら。
「あ、こら、ピリカっ!」
ジョウイに抱かれていた幼子ピリカが、彼の手を逃れて地面へと降り、タッと、村の奥へと駆けて行ってしまった。
「あ、ピリカっ!」
「ピリカちゃん、どうしたのっ。何処行くのっ!」
故に、ジョウイも、カーラもナナミも、ピリカの後を追い掛け始めてしまい。
「…………しょうがない、あれだけ付き合うとしようか。あの小さい子、先日の焼き討ちのショックで、喋れなくなってる、って言ってたし」
「そうですね。早く見付けないと、危険かも知れませんから」
少々の苦笑を浮かべつつ、ユインもグレミオも、その後を追った。