──ピリカの後を追い掛けて、人々が迷い込んだ先は、今はもう焼け落ちてしまっているピリカの生家に程近い、村外れの、小さな祠の前だった。

「ああ、そう言えば、ピリカのご両親は、この祠の祭司だったんだっけ?」

「ああ、そうだよ。──こら、ピリカ、一人で行っちゃ危ないだろう?」

一目散に村の中を駆け、祠の前へと向かい、ピタっと止まったピリカを叱りながらジョウイは抱き上げようとし、カーラは、そう言えば、と祠を見上げ。

「…………ここ……」

「坊ちゃん。もしかして……」

カーラ達からは少しばかり離れた所で、ユインとグレミオは声を潜めた。

「あ、ピリカっ!」

と、人々がそうしていたら、ジョウイの手を何処までもすり抜けピリカは、祠の中へと入って行ってしまい、勢い、彼等も皆、祠の中へと踏み入ることになった。

「ピリカ……────…………あれ?」

「どうしたの? ジョウイ」

「……ほら。ここ。石碑みたいのがあるんだ。しかも……ハーンとゲンカクって名前が彫ってある。……ゲンカクって、ゲンカク師範のことなのかな…………」

祠の奥の方にあった石碑らしき物を見付け、ジョウイはカーラを呼び、呼ばれたカーラとジョウイは、体を並べて石碑を覗き込み……、次の瞬間、彼等は、自分達にも訳が判らぬ内に、祠の奥の奥へと飛ばされてしまった。

「え、カーラっ? ジョウイっっ?」

カーラとジョウイの姿が、不意に掻き消えた途端、ナナミは、悲鳴に近い声を上げたけれど。

「…………まさか、と思うけど…………」

ユインは、酷く不機嫌そうに、そんな呟きを洩らした。

「何か、知ってるんですか? ユインさんっ。カーラとジョウイ、何処行っちゃったんですかっ?」

「いや、そういう訳じゃないよ。……一寸、様子を見てみよう」

だからナナミは、縋るような目を、ユインへと向けたが、ユインは何でもない、と首を振って、二人の少年が消え去った、石碑の向こう側へと、睨み付けるような眼差しを送った。

一方、その頃。

祠の奥の奥へと飛ばされたカーラとジョウイの二人は、何処からともなく現れた、不可思議な女性との対面をしていた。

己のことを、バランスの執行者と名乗った彼女から、予言めいたことを告げられ、先へと進んでみたら、幼い頃の幻影のような物を見せられ。

再び姿見せたバランスの執行者──レックナートという名前の彼女に、自分達は、始まりの紋章という、二十七の真の紋章の一つに認められたが為、それを分け合い、宿す資格がある、と語られ。

「どうしますか」

……と。

ユインが、石碑の向こう側を、一人見据えていた丁度その頃。

カーラとジョウイはレックナートに、始まりの紋章を分け合い、その手に宿すか否か、の選択を迫られていた。

────ユニコーン少年隊が、自国の皇子、自国の兵士達、それらによって壊滅させられて以来辿った『運命』や。

両親を殺され、村を焼かれ、声までをも失ったピリカのことがあった所為だろう。

レックナートの話を聞き終え、ジョウイは迷う風もなく、紋章を継承する、と言い出したが。

どうするしますか、との彼女の問いに、カーラは即答が出来なかった。

──強くなれるものならば、幾らだって強くなりたいと、カーラとて思う。

それを宿せば力となる、そう言うのなら、真の紋章とて宿したい、とも思う。

だから、昨日までのカーラだったら、迷うことなく、紋章を宿す、と言ったジョウイのように、一も二もなく、レックナートの言葉に頷いたかも知れない。

だが、カーラは昨夜、ユインと巡り会ってしまった。

そして、彼はユインのことを、戦いの神様、とすら思ってしまった。

故に、カーラはジョウイのように、紋章が欲しい、と、直ぐさま答えを返せなかった。

……なれるものなら何時か、ユインのように、彼程に、強くなりたい、そうは思う。

けれど、彼のあの強さは、何か、何処かが、違う気がしてならない。

普通に辿り着いて良い場所では、ないような気がしてならない。

…………だから。『あれ』が、『強さ』だと言うなら。

紋章を宿して得られる力の先に、ああいう風な『強さ』が、もしもあるんだとしたら…………、……と。

カーラは、躊躇いを見せた。

でも、やはり。

カーラはユインを、ユインの強さを、知ってしまったから。

もしも、あんな風になれるのなら……と。

昨夜垣間見た、ユインの強さに惹かれて。

結局、彼も又。

レックナートの問いに、頷いてしまった。

「遅い、なあ……。どうしちゃったのかなあ……」

──何時まで待っても戻って来ない、掻き消えてしまった義弟おとうとと幼馴染みを案じて。

何時しかナナミが、泣きそうな声を放ち始めたけれど。

「大丈夫ですよ。直ぐに、無事に、戻って来ますよ」

そんなナナミも、ナナミを慰め始めたグレミオも他所に、ユインはひたすら無言で、カーラとジョウイの消えた方角を、見据え続けていた。

唯一点のみを見詰め続ける彼のその風情も、その視線も、何処か、他人には立ち入り難いものがあり、ナナミも、ムクムクも、ピリカも、グレミオさえも、ユインのことを、遠巻きに眺めて様子を窺う風にしていたが。

やがて、ふわりと、祠を満たす空気が揺らいで、消えた二人が戻って来たから、彼等は一先ず、ユインのことを視界の中から追い出して、カーラとジョウイの傍へと駆け寄った。

「どうしたのっ! ねえねえ、二人共、何があったのっっ?」

「うん……。それ、が……」

だが、二人の傍へと寄ったナナミが、カーラとジョウイ、それぞれの服の裾を掴んで揺すっても、曖昧な返答しか、彼等はしようとはせず。

「…………カーラ。右手、見せてくれないか」

「うん……」

ジョウイは、ナナミのことなど眼中にない風に、カーラの右手と自身のそことを見比べた。

「やっぱり、夢じゃないんだ…………」

そして、彼はぽつりと呟き、石碑の向こう側、今は壁しか窺えない背後を振り返る。

「カーラ」

呟き振り返った、ジョウイに釣られるように、皆が、もう何も窺えぬ石の壁を振り返った時。

今度はユインがカーラを呼んで。

「…………紋章……」

彼は、カーラの右手を、両手で包むように取り上げ、小さく言った。

「ユインさん……、これが何か、判るんですか……?」

「……いや。僕も詳しくは。只、紋章だな、ってことが判るだけ。…………君達は、紋章を宿して来たんだ?」

「……ええ。その…………不思議な、魔法使いみたいな女性に会って……」

「………………そう」

ユインのその仕草、声音、そして風情、その何も彼もが、何かを知っている者のそれと見えたから、カーラは、己の手を離そうとしないユインを見上げたけれど。

何かを知っている訳じゃない、とユインは、ゆるりと首を振って、カーラの手を離した。

「ねえ、カーラ」

「はい?」

「君達はこれから、どうするの? ミューズを目指すの?」

そうして直ぐさまユインは、それまでの雰囲気を塗り替え、至極明るい声音を放ち。

「ええ。そのつもりですよ」

「……そっか。──じゃあ、カーラ。僕達も、ミューズまで一緒に行かせて貰ってもいいかな。このトトに、用があったんだけど。この村は、こんなことになってしまったからね。僕達の用も果たせそうにない。だから僕達も、ミューズを目指してみようと思うんだ」

ミューズへ行くのなら、同道してもいいか、と彼は言い出した。

「ミューズへですか? はい! ユインさん達が一緒に行ってくれるんなら、凄く心強いですから! いいよね? ナナミ、ジョウイっ! ユインさん、凄く強いんだよ!」

そんな彼の申し出に、カーラははしゃぎ出す。

「え、そうなの? うん、だったら一緒に行って貰った方が安心だよね!」

「そうだね。結局僕達だけになっちゃったから。人数は多い方がいいんだろうし……」

そんなカーラの様子に、そう言うなら、と、ナナミもジョウイも頷いたので。

トトの村まで一緒に、という約束だった同道を、彼等は、ミューズの街まで引き摺ることにして、だと言うなら早速、と。

その小さな村を後にし、橋を越え。

ミューズの街を目指し始めた。