トトから、ミューズへと向かう道すがら。

「…………坊ちゃん。宜しかったんですか……?」

「何が?」

「その……ミューズまで、カーラ君達と一緒に……」

「……まあ、あのまま別れても良かったんだけど。……気になるじゃないか。結局僕は、トトでの目的を果たせなかった訳だし。果たせなかった目的の『結果』が、目の前にあるんじゃね。……どうも、例の彼女が、又絡んでるようだし。一寸、様子見てみようかな、って思ってさ。それに……」

「それに? 何です?」

「これも、えにしって奴なんだろうしさ。……何となく、カーラのこと、このまま放り出すの可哀想な気もして」

「…………気持ちは判りますけどね。カーラ君は何処となく、こう……保護欲駆られるようなタイプですから」

「そうそう。そうなんだよ。たった一晩の付き合いでしかないんだけど。何て言うかさ。頼まれなくても面倒見てあげたくなる、可愛い弟分みたいな雰囲気、あるじゃないか、カーラって。……紋章のこともあるけど。構い倒してみたくなるんだよなあ、カーラ…………」

──ユインとグレミオは、そんな風なこそこそとした声の会話を、時折交わした。

が、それに、カーラ達が気付くことはなく。

唯、ミューズへ着けば、様々なことが何とかなる、と固く信じている様子のカーラ達も。

小声の会話を交わしたユインとグレミオも。

誰もがこの時、この先に待ち受けていることなど予想だにせず。

一寸した、運命の成り行きに従って、肩を並べて。

彼等はミューズの街を目指した。

ピリカのような子供の足でも、一日あれば事足りる、トトからミューズへの僅かな行程を辿る間に、それでも幾度か彼等は、草原の緑の影からノソリと姿見せる、魔物達と出会でくわしていたから。

昨夜の内に、ユインの強さを目の当たりにしていたカーラ同様、ミューズの市門が見えて来る頃には、ナナミも又、彼の強さと姿に、興奮しきりになっていた。

「格好良いよねー、ユインさんって……。見た目もいいしー。凄く強いしー。何かもう、卑怯っ! って感じ? もー、あんな人に助けて貰えるなんて、カーラってば、やるぅぅ!」

「……やる、って。……どーゆー意味? ナナミ。──でも、本当凄いよね、ユインさん。僕達と大して変わらない歳なんだろうに…………」

黒塗りの棍を振り、髪に巻いた若草色のバンダナを翻しつつ、どうと言う程のことでもない、そんな風に戦ってみせるユインの姿を眺め、きゃあきゃあ喚き、バシバシ背中を叩いてくる、自身で魔物と対峙することを放棄したような義姉に、若干顔を顰めながら、まるで、自分が誉められているかのように、カーラもナナミと一緒になって、無邪気にはしゃいでいた。

「…………本当に、強いよね、あの人……」

だがジョウイだけは、戦うユインの姿より、カーラやナナミが感じた感慨とは又違った意味の某かを受けたらしく。

何か、言葉にした以上のことを言いたげにし、何処となく、唇を噛み締めるような様子を覗かせていた。

そんなジョウイのそれに、ユインは気付いているようだったけれど、カーラやナナミは、ジョウイの態度に気付いてもいない風で。

「あの砦から逃げなきゃいけなくなっちゃって、結構大変かと思ったけど。ユインさん達と知り合えたお陰で、結構楽しい旅だったねっ」

何時までも、はしゃぐことを止めぬままナナミは、そのままの勢いで、ミューズの市門を越えようとし、だが、ハイランドが不穏な動きを見せている今は、通行証のない者を街の中へ入れる訳にはいかないと言った衛兵と、「何よ、私の気分にアヤを付ける気っ!?」と、一悶着起こし掛けたが。

「ナナミっ。駄目だってばっっ」

結局、身を呈した義弟に止められたが為、渋々彼女も引き下がりはして、仕方なし彼等は、街道の途中で見掛けた宿屋で今晩は過ごし、そこで、これから先どうするかを決めることにした。

今日の内に、ミューズの街には入れなかったけれど、泊まる所は見付けられたから、野宿をしなくても済むし、周りに何もない宿だから、ゆっくり静かに一晩を過ごせる、と。

そこで一泊するのも、そう悪くはない案だと、彼等はその、白鹿亭という宿屋に向かったのだけれど。

幸か、不幸か。

その宿屋の主は、宝探しに心血を注ぐような、夢見がちなタイプの男で、ひょんなことから、彼──アレックスより、ミューズの通行証を貸して貰う代わりに、ユインやカーラ達は、アレックスの宝探しに手を貸すことになってしまった。

だから、静かな宿屋でゆっくり過ごせる、と期待していた彼等は、翌日の宝探しに備えて慌ただしく夕食を摂って、慌ただしく寝ることになり、傭兵砦を脱出する時に分かれたきりの仲間達のことや、焼け落ちてしまった砦そのもののことや、宿すことになった紋章のこと、と言った、ともすれば、カーラやジョウイやナナミは、深く考え込んでしまってもおかしくない様々なことに、意識を傾ける暇も得られぬまま。

翌、早朝。

カーラと、ユインと、ジョウイとナナミの四名は、ピリカと、ピリカのお守りを引き受けてくれたグレミオを残して、アレックスと共に、宿屋の裏手にある、シンダル遺跡の奥へと潜った。

遠い遠い昔、この地上で栄華を築いていたらしい、との伝承が残る、シンダル族の残した遺跡は、確かに、アレックスが一人で探検するには危険な場所だった。

否、アレックスだけでなく、カーラやナナミやジョウイにも、安全とは言えない場所だった。

けれど、たった一人。

ユインがいる、それだけで。

彼等は、遺跡の奥深くへ潜り込んでも、身の危険を感じずに済んだ。

アレックスの目指す『お宝』のある最深部、そこを護っていた、双頭の蛇に襲われた時も。

「うん。軽い、軽い、この程度」

ユインは、軽口を叩きながらあっさり、人をパクリと飲み込めそうな程の大蛇を、一人きりで倒してしまって。

彼等のそれは確かに、シンダルの遺跡、という、危険極まりない場所の探検、だった筈なのに、一寸そこまで散歩、と言ったようなそれで、呆気なく、費えてしまった。

故に、アレックスの目指した『お宝』が、彼の望んでいたようなそれではない、と判った後も、アレックス以外は、それ程落胆したような素振りも見せず、楽しかったねー、と、アレックスの妻、ヒルダや、グレミオ達が待つ、白鹿亭へと戻って、そこで、ヒルダが倒れてしまったのを見るまで。

彼等は何処までも、ピクニックに出掛けて来たような揚々さを、崩さなかった。