やはり、牢獄が底冷えした所為なのだろう。
翌朝、ふるりと身を震わせつつ、何時もよりも早い時間に目覚めた時、寒かったからなのか、カーラは自分が、ユインに抱き着きながらその膝を借りるような、そんな姿勢で眠ってしまっていたことに気付き、顔を赤くして飛び上がった。
「…………御免なさい、ユインさん……。……あのー……、重たかった、でしょう……?」
「いいや? そんなことないよ。カーラ、軽いし」
「でも……凄く馴れ馴れしいことをしてしまったような……」
「気にしなくっていいよ、そんなこと。……兄さんみたいに思えるんだろう? 僕のこと。──弟は、素直に甘えておくのが良いんだよ、多分ね」
だがユインは、恐縮しきりのカーラへ、軽い感じで笑い掛けて、一つ、伸びをし。
「いい加減、出して貰えるのかな?」
牢屋の扉の向こう側から聞こえて来た、喧噪へと向いた。
「大変な目に遭ったらしいなあ、お前達!」
ユインが、扉の向こう側へと身を返した途端、呼応するように、施錠の外れる音と共に、ばたりと威勢良く扉が開いて、先日陥落してしまった傭兵砦の主達が、笑いながら顔を覗かせた。
「あ、ビクトールさん、フリックさんっ!」
「良かったー…………」
やって来た男達──ビクトールとフリックの二人が、殊勝な態度も見せず、何処か愉快そうに入って来たから、二人の名を叫びながら、ナナミはぷっと頬を膨らませ。
カーラは、ほっとしたような顔付きになったが。
「まあ、一晩限りのことで済ん…………だ……か、ら………………あああああああ!?」
「………………もしかしなくても……ユイン……?」
ナナミやカーラの態度を、未だ未だ子供だな、と大人の余裕で笑って…………笑って、だが。
くるっと、その室内を見回していた途中で、ハタ、と。
ビクトールもフリックも、その動きを止め。
破顔していた頬を、少しずつ、少しずつ引き攣らせ始め。
最後には、何故かその面を蒼白にして、二人の傭兵は揃って、にこにこと笑いながら、カーラの後ろに控えていたユインを指差した。
「久し振り。……えーと。取り敢えず、話は後回しにして、ここから出ようか?」
指を指され、名を呼ばれ、ユインは。
浮かべた笑みを消すことなく、だが、何故か早口に、ビクトールやフリックには口を挟ませぬような風情で、外へ出ようと、一同を促した。
「……あ、ああ…………」
「そうですね。ここ、寒いですし」
故に、傭兵達は辿々しく、カーラ達は嬉しそうに。
寒い、その牢獄を出、改めて、ミューズ市の市門近くの詰め所前にて、向かい合った。
「カーラ。一寸、お願いがあるんだけど」
しかし、その直後ユインは、何処までも笑みながらカーラを振り返り。
「はい?」
「実はね、ミューズの街は、僕は今回が初めてなんだ。だから、早い内に、宿屋を捜しておきたくてね。場所、知ってる? 知ってたら、案内して貰えないかな?」
「ええ。知ってますよ。前に一度、来たことありますから。あ、そうだ、僕達も多分、宿取らないと駄目だと思いますから、僕行って、ユインさんの分も取って来ますね、部屋。ユインさん、ビクトールさんとフリックさんと、知り合いなんですよね? だったら、積もる話もありますよね? ここで、待ってて下さい、直ぐ戻りますから」
どうやら、とても素直な質をしているらしいカーラなら、多分そう言ってくれるだろうと踏んだ通りの言葉を引き出し。
「そう? じゃあ悪いけど、お願いしてもいいかな?」
「はいっっ」
「待って、カーラっ、私も行くよっっっ」
「あっっ。カーラ、ナナミっっっ。二人きりじゃ危ないからっっ!」
カーラがそうするとなれば、後を付いて行くだろうナナミとジョウイも、カーラと共に走り出したのを、満足そうに眺めて、ユインは。
「……改めて。…………久し振りだね、ビクトール、フリック」
『極上』、としか言い様のない笑みを湛え、二人の傭兵を見上げた。
「あ、ああ…………」
「久し、振り……」
……と。
にっこり見詰められ、ビクトールは何を思ったのか、すいっ……とさり気なくユインより遠退き、フリックは、只呆然と、その場にてユインを見下ろし。
「…………グレッグミンスター城の中で、行方不明になったくせに……。ジョウストン都市同盟で、傭兵家業? ……思うままに生きて、幸せだねえ、二人共っっ」
湛えた笑みを、微塵も崩さずユインは、詰め所から出る時、衛兵に返して貰ったばかりの棍を振り上げて、ブンっ! ……と、二人の方を力強く薙いだ。
「危っねーな…………」
「……痛っっっっ……!!」
──風を切りながら向かって来た棍の先を、ユインから遠退いていたビクトールは、何とか避け。
呆然としていたフリックは、その身で受け止め。
「お前なあ……。三年振りの再会だってのに、それはねえだろう……?」
「いってーー……。血、出るかと思った……」
片や、あからさまにほっとしながら、片や、生理的な涙で目尻を滲ませながら。
ぶつぶつ口々に、彼等はユインへ文句を吐いた。
「叩かれて当然。…………生きてるなら生きてるって、誰かに連絡すればいいだろう? レパントとかっ。クレオとかっっ。……そりゃあ、こうして旅をしている僕だって、同罪なのかも知れないけれど、少なくとも僕は、あれから数日、グレッグミンスターにいたっ。僕がどれだけ、気を揉んだと思ってるんだっっ。言いたくはないけど、ビクトールとフリックのことだから、死ぬ筈なんてないよなって信じ込むまで、どれだけ掛かったとっっ! なのに二人して雁首揃えて、都市同盟の傭兵砦を治めてました、だって? じょーー……っだんじゃないっ! 僕の優しさを、今直ぐ、耳揃えて返せ、この能天気傭兵達共っっっ!!」
だが、ビクトールとフリックが吐いた文句の、何倍にも相当する文句を、があがあとユインは捲し立て。
「……皆で揃って、戦争の終わりを確かめたかったのに……」
睨み付けていた傭兵達より、ふいっ……と。年相応の顔をして、眼差しを逸らした。
「………………悪かったよ……」
「……すまない……」
だから、ビクトールもフリックも、その体躯を縮めるようにして、殊勝に頭を下げ。
チロっと、横目で肩を落とした二人の様子を窺ってから、ユインは。
「あ、処で。カーラ達にはね、ユイン、としか名乗ってないんだ。素性も教えてない。……だから二人も、それで通してよ。絶対に、教えては駄目だからね? 僕が、ユイン・マクドールだってことも、トランの戦争で、軍主やってたってことも。あの子達には黙ってて。……あーもー、こんなことになるんなら、ユイン、じゃなくって、最初っから偽名教えとけば良かったなー……」
それまでの立腹を何処かに吹き飛ばし、ケロっとした調子で笑いながら、僕の正式な名前も素性も経歴も、秘密に、と、ビクトール達へ口止めをした。
「何で? ……どうしてお前が、カーラ達と一緒にいるのかは判らないが、そんなこと誤摩化す必要があるとは思えないぞ?」
「……ああ。カーラも、ナナミもジョウイも。ハイランドが出身ってだけの、普通の子供だぞ?」
だから、ああ、そうだった、こいつはこーゆー奴だった……と、若干の遠い目をしつつ。
直ぐに、あの頃……今を遡ること三年前、現・トラン共和国の解放の為に、ユインを軍主として戦っていた、今となっては懐かしいと言える、あの、戦争の頃のような調子を取り戻して、ビクトールもフリックも、ユインの言うことに首を傾げた。
「…………ん、まあ、一寸ね。事情があって。──兎に角、黙ってて欲しいんだよ。だから僕は、以前、諸国漫遊の旅の途中で一寸だけ、ビクトールやフリックと一緒に戦ったことがある奴、ってことにしといてくれないかな」
だが、きょとん……とした風情の傭兵達に訝しがられても、ユインは、主張を曲げようとはせず。
「ユインさーーーーん!
「……あ、戻って来た」
宿屋の部屋を押さえて戻って来たらしいカーラが、大声で自分を呼ぶ声に、振り返った。