己の氏素性や、略歴、と言ったものを、ビクトール達にしっかりと口止めし、一緒に傭兵砦から逃げて来たという、かつての仲間の一人、アップルへの口止めも行うことを傭兵達に約束させたユインと、何も知らないカーラ達が、細々としたことが落ち着いた後、或る意味不幸な傭兵二人組に、一寸付き合えと連れて行かれた先は、ミューズ市の、市庁舎だった。
そこで、自分達の出資元である、ミューズ市長アナベルに、どうしてもカーラを会わせたい、とビクトールが言い出したので、物見遊山のノリで彼等は、傭兵の後を付いて行った。
──アナベル、という市長は、その名前から、ユインもカーラも想像付けたように、女性で。
けれど、どちらかと言えば、言葉は悪いが、『女傑』と言った感のある人物で。
ビクトールを介し、アナベルと対面した『少年・少女達』は概ね、彼女に対して好感を持ち、傭兵に紹介されたカーラと、そしてナナミの養祖父が、『ゲンカク』であったことを知っていて、それを確かめた彼女の様子が、何処となくおかしかったことのみを除けば、ミューズ市々長である彼女の、忙しい時間を無理矢理割かせた邂逅は、穏やかな雰囲気のまま、終わったのだが。
彼等が、アナベルと別れた後の展開に、少々、問題があった。
────「これからのことを話し合うから」と、市長室に籠った、アナベルとビクトールとフリックに、好きにしていいと言われたから、この中を探検しようと遊び始めたナナミに引き摺られ、建物の中を彷徨って、迷い込んだ書類室の一角で、彼等は、アナベルの秘書、ジェスに捕まり。
手に入れた、ハイランド軍の少年兵の軍服を使って、国境近くに駐留している、敵部隊の偵察をして来てくれないか、と頼まれてしまったから。
「でも……。僕達だけで、それの返事をする訳には……」
ジェスの頼みを聞き終え、問題と言うか、ビクトールもフリックもいないのに、そんなことを引き受けるには躊躇いを覚える、と言った状況に追い込まれてしまったカーラは、どうしよう、と、困惑してしまったが。
何が何でも引き受けて貰わなければ、という風な表情をしたジェスと。
困惑しきりのカーラと。
へぇ……、と言いたげな顔をしているユインと。
思い切り、渋面を拵えたナナミとを、幾度か見比べた後。
「ハイランド……いいや、ルカ・ブライトを倒す為に役立つと言うんなら、引き受けてもいいんじゃないかな」
ジョウイが、そう言い出した。
「でも……ジョウイ。僕達だけじゃ、何か遭った時、どうしよう、ってことになっちゃうかも知れないし、僕達未だ一応、ビクトールさん達に面倒見て貰ってる立場なんだし……。二人に相談してからの方がいいんじゃない?」
「そんなことないよ。一寸ハイランドの野営地まで行って、中を探って来るだけのことじゃないか。途中まで、誰かに一緒に行って貰えれば、平気だよ。僕達が頑張れば、それだけ、ルカ・ブライトを早く倒せることになるかも知れないしね」
口振りは、意見を述べているようで、が、その風情は、ジェスの申し出を引き受けたくて仕方がない感じと受け取れるジョウイに、カーラは何処までも、慎重さを見せたけれど、平気だ、大したことなんてない、との、ジョウイの一点張りは変わらなかった。
「……そう、かな……。…………じゃあ、僕達に出来る限りのことで良いならってことでも、構いませんか……?」
それ故カーラは、ジョウイがそこまで言うならと、ジェスを見上げ、控え目に頷いて見せ。
「そうかい? 引き受けてくれるかい? 有り難う! 君達のお陰で、ミューズは救われるよ!」
ぱっと顔を輝かせてジェスは、ハイランド軍少年兵の軍服を、カーラ達に渡して。
「二着分しか、手に入れることが出来なかったんだ。だから、君達の内誰か二人で。宜しく頼むよ。──仕事があるから、俺はこれで失礼するけれど。関所の方には連絡をしておくから、詳しいことはそこで聞いて貰えればいい」
後は頼むよ、と、ジェスは、書類室を出て行こうとしたが。
「……ああ、一寸」
徐に、ユインが、歩き出した彼を止めた。
「…………? 未だ、何か判らないことでも?」
「一つ、尋ねたいんだけど。ハイランドの野営地を、食料庫を重点的に偵察して来て欲しい、って依頼。……それは、『ビクトールの傭兵部隊』へ、の依頼なのかな。それとも、『僕達』への依頼、なのかな」
呼び止められ、怪訝そうな顔付きになったジェスへ、ユインは微笑みながら、そんなことを尋ねた。
「……そう、だな。形式的なことで言うんなら、傭兵部隊への依頼、と言うよりは、君達への依頼、だけれども。それが……?」
「いや、何でもない。傭兵部隊への依頼だ、ってことなら、『隊長』と『副隊長』に、伝言を頼もうと思っただけ」
「ああ、そういうことか。それなら、心配ないよ」
何故、そんなことを? と。
問われた内容へ、ジェスは益々、怪訝そうな顔を深めたけれど、ユインの答えを聞いて、ああ、と頷き、何も心配することはない、と彼は、爽やかそうに見える笑みをユインへとくれて、今度こそ、部屋を出て行った。
「成程…………」
忙しそうな足取りで、忙しなく扉を開き出て行った彼を、某かを呟きつつ、ユインは目で追う。
「ユインさん? どうかしたんですか?」
と、そんな彼へカーラが、何処となく不安そうな視線を寄越したので。
「ああ、大したことじゃないよ。──それよりも。面白そうだから、僕も一緒に付き合うよ。……早い内に出発しようか。国境まで行くんだろう? 急がないと、夕暮れになってしまいそうだから」
にこっと、人好きのしそうな笑みを拵えて、ユインは、カーラを誤摩化し。
付き合ってあげる、と申し出た。
傭兵砦にて、小さな酒場を開いていたレオナという女性が、このミューズの街の宿屋にも、酒場を持っていたから。
カーラ達は、ピリカを彼女へ預け、ジェスに頼まれたこと、これからしに行くこと、それらも、彼女へと伝え、一緒に行く、と言って聞かなかったナナミと、カーラにまとわりついて離れないムクムクと、レオナの酒場にてカーラ達の話を聞き付け、「心配だから、私も一緒に行きましょう」と申し出て来た、傭兵砦で知り合った、神槍・ツァイ、という中年男性との、総勢五名と一匹にて、ミューズ地方とハイランド皇国との国境を隔てる、関所へと向かった。
──トトからミューズを目指した時のように、ミューズから国境までの細やかな道程も、これと言った出来事は起こらず。
ユインと会うのも、共に何かをするのも、今回が初めてとなったツァイが、ユインの強さに目を瞠る、と言った、小さな事柄だけを経て、一行は、無事に関所へと辿り着き、詰め所の一角を借りて、カーラとジョウイは、少年兵の軍服に着替え。
ミューズの市兵に教えられた、森中の道へと潜った。
「もう少し、その軍服が大きかったら、僕が行ってあげたんだけど…………」
関所の近くから、深い森の中へと入り、少々複雑に入り組んでいる小道を抜け、ハイランドの野営地が見えて来た頃。
そこから先は、ジョウイと二人だけで行くことになるカーラへ、ユインがぼそり、呟いたが。
「大丈夫ですよ。駄目そうだったら、直ぐに戻って来ますから」
きっと、大したことにはならないです、とカーラは、にこっと笑って。
ナナミや、ムクムクや、ツァイへも、笑顔を見せて。
「じゃあ、行こう。カーラ」
「うん、そうだね、ジョウイ。──行って来ます」
ジョウイと二人、彼は。
ハイランドの野営地の中へと消えた。