「あー、行っちゃった。大丈夫なのかなあ、二人共……」
「ムッムー……」
カーラとジョウイが、こそこそと気配を消しつつ、野営地へと紛れ込んだ後、暫くの間ナナミは、ムクムクを抱えながら心配そうに、義弟と幼馴染みが消えた方角を見遣っていたけれど。
隠れていないと、とのユインやツァイの言葉に従って、木立の中に自身も潜み……が、やがて、そうしていることにも飽きたのか、ムクムクと二人、近くの、手頃な木を見繕って、木登り遊びを始めてしまった。
「……何事もなければ、良いんだけど」
「そうですね。……しっかりしてますけど、カーラ君もジョウイ君も、未だ少年ですからね。……貴方は、あの二人やナナミさんよりも、少し年上ですか? 三人の、お兄さん的な感じとか?」
「いや、そういう訳じゃ……。……あー、でも、そうなるのかな。カーラはそんなようなこと言ってたし」
そんな彼女とムササビを横目で見遣って、ユインとツァイは苦笑を浮かべつつ、潜んだ木立の中で、細やかなやり取りを始める。
「まあ、そうは言っても、貴方も未だ、十代でしょうに。彼等よりも随分としっかりされてて、随分と強いんですね」
「そう? そんなことはないと思うけど。…………まあ、一応、カーラやジョウイ君よりは、僕の方が強いみたいではあるけれど。…………うん、やっぱり、あの二人よりは僕の方が、っていうのは、事実だから。僕が行くべきだったかな……」
──小声の、他愛無い会話を交わしていたら、話の途中でユインが、野営地の方を窺って、ぶつぶつと、そんなことを言い出したので。
「何か、気になることでもありますか……?」
心配そうな彼の態度を見遣って、おや? とツァイは首を傾げた。
「そういうのとは、少し違うんだけど。……えーと、ツァイさん? ……ツァイ、でもいいかな。──カーラ達にこの話を持ち掛けて来た、アナベル女史の秘書の、えーと、ジェス、か。……その、ジェスの言い分が、少し気に入らなかったんだ」
すればユインは、少々、顔を顰めて。
「気に入らない、とは?」
「ハイランドの野営地の偵察を、ビクトールの傭兵部隊への依頼、ではなくて、僕達への、個人的な依頼、って言ったんだよ、彼。……それって、裏を返せば、何か遭った時、例え一端でもミューズ市が責任を負わなくてはならなくなるかも知れない、ミューズ市お抱えの傭兵部隊のしたことじゃなくって。知らぬ存ぜぬを貫き通せる、その辺の子供が勝手にやったこと、で済ませられる、ってことだからね。……万が一、カーラ達に何か遭ったら、後々面倒臭そうで」
「…………成程。そういうことですか……。──『考えました』ねえ、その、ジェスって秘書」
しかめっ面で、思う処を語り出したユインに倣ったように、ツァイも又、渋い顔を作った。
「まあ、何か遭っても、何とかしてあげようとは思ってるけど。カーラに、僕と一緒にいると、お兄さんが出来たみたいで嬉しい、って言われたことだし。…………それにしても、遅いな……」
「……あー。カーラ君にそんなこと言われたら、手助けしてあげようかな、って思っちゃいますよね、勢い。────そうですね。遅い、ですね。食料庫の偵察だけなら、もう戻って来てもいいと思うんですけどね」
そうして、ユインとツァイは。
互い、渋い顔を作り続けたまま、直ぐそこの、野営地の気配を窺った。
──無事、誰にも見咎められることなく、ハイランド野営地に潜り込むこと叶えた、カーラとジョウイの二人は。
それでも極力目立たぬように、食料を備蓄していると思しき、大きな天幕の前に辿り着いていた。
先日全滅させられた、ユニコーン少年部隊の唯一の生き残りだから、ここに厄介になることになった、と、適当な言い訳を並べ立てて、何処の部隊の所属かと尋ねて来た天幕の見張り番を誤摩化し、雑用係としてバターを取りに来たんですと、そそくさ、中へと入って、可能な限り急ぎ、食料庫の偵察を終えた。
「…………二週間分、ってとこかな……」
「うん。僕もそうだと思うよ」
「じゃあ、ハイランドはそんなに長く、ここにいるつもりはないってことだね」
「……多分。──ジョウイ、もう行こう。それだけ判れば、充分だよね?」
知りたいことを知り終え、頷き合って、適当に、多分これがバター、と思えた小さな包みを一つ取り上げ、入口の見張りに一礼をしてから彼等は、野営地の入口を目指した。
危険な場所への長居は無用と、重々承知していたから、逃げ出す為の足は自然、早くなり。
「思ってたより、簡単に終わって良かったー……」
「そうだね。やっぱり、平気だった」
見えて来た入口に、ホッとカーラは胸を撫で下ろし、ジョウイは、自分の言った通りだったろう? と、小さく笑った。
……が、後数歩で、森の中に紛れ込める、という処で。
「おい! お前達、何処の所属だ? この陣には、少年兵はいない筈…………。────お前達……。カーラに、ジョウイ……?」
二人は、かつて所属していたユニコーン少年部隊の隊長だった、ラウドに呼び止められ、正体を、見破られてしまった。
「……ラウド隊長……。どうして……」
「マズいっっ。逃げよう、カーラっ!」
『元上司』に、自分達のことを見破られ、直ぐさま二人は、逃げ出そうとしたけれど。
「待てっ! 待たないか、カーラ、ジョウイっ! ──おいっ! 誰か出て来いっ! 都市同盟のスパイが紛れ込んだぞ!!」
ラウドの高い声に応え、あちらこちらから、武器を構えたハイランド兵が姿を見せ、入口を塞ぐように、彼等を取り囲み。
「…………くっ……。──カーラ。ここは僕が何とかするから! 君は逃げるんだ! ほら、早くっ! 僕なら大丈夫だから。きっと、戻るから!」
敵意を持って、自分達へと迫って来る敵を睨み返しながら、ジョウイは、逃げろ、とユインへ叫んだ。
「でも、ジョウイ、そんなことっ! …………あ……。ユインさん……。ユインさんなら、気付いてくれるかも知れないっ。それに、あれだけ強いユインさんだったらっっ」
「……カーラ、何言ってっっ。──大丈夫っっ。大丈夫だからっっ。絶対に、僕が何とかするからっっ! 僕は、君やナナミやピリカのことを守る為に、紋章を宿したんだっ。……だからっ。絶対に、何とかしてみせるっっ!」
しかし。
親友である幼馴染みを、一人残しては行けないと、カーラの足は動かず。
縋るように、ふと、ユインの名を出した彼を、ジョウイは怒鳴り飛ばし。
行け、と。
ジョウイは、カーラの背中を押した。