ジェスに頼み込まれ、ハイランド軍の野営地へと潜入し、カーラを逃がす為に、敵に捕らわれたと思われたジョウイが、無事に戻ったあの日より、一週間程が過ぎた。
その、過ぎた一週間を、カーラは、義姉や親友や、ユインと、取り立てて何かをすることもなく、平穏無事に過ごした。
数週間前、ハイランドと都市同盟が交わした休戦条約は、もう有って無きが如しで、両国は、本格的な戦闘を再び始めそうな気配が漂い出したから、その辺りのことが落ち着くまで、ハイランドからも都市同盟からも、遠く離れてもいいかな、と、そんなことをカーラは、うっすら思わないでもなかったけれど、傭兵砦で大層世話になったビクトールやフリック達が、何やかやと忙しなくしているのを横目に、「じゃあ、これで」と別れるのも、不義理な気がしたし。
トトの村でこなせなかった用事の代わりを、ミューズで、と言うようなことを言っていたユインも、知らない街を楽しむ、物見遊山に興じる旅人のようにしていて、「もう少し、この街に居るよ」と言い出したから、なら、僕達も、もう少しこの街にいようかな、と。
これから先、自分達はどうした方がいい、とか、こうした方がいいかな、とか。
そう言ったことを言い出さないナナミやジョウイと、束の間の平和を楽しむように。
カーラは、一週間を。
──その間も、ミューズの街や、ジョウストン都市同盟の事情は深刻化して、ジョウストンの丘なる場所で行われた、丘上会議、と銘打たれている、都市同盟の各都市の代表者が顔付き合わせて、有り体に言ってしまえば『罵り合う』だけの『会議』の場も持たれ、が、だからと言って、何が進展する訳でもなく。
その様を見学したカーラ達に、何かが齎される訳でもなく。
一週間は只、ゆるゆると過ぎて、………………でも。
平穏に過ぎた一週間の終わり。
ジョウストンの丘で、丘上会議が行われた、翌日のことだった。
この一週間、何度かそうしたように、その日も又、カーラ達は、散策と称してミューズの街中をぶらつき、そして戻った宿屋で、ビクトールとフリックの二人が、市長・アナベルの訪問を受けている所に出会した。
──昨日の丘上会議で決まったように、ジョウストン都市同盟の各都市は、盟約に従い、軍勢を集結させ、国境付近にて、ハイランド軍と戦うことにした、けれど、各市の市軍が集結し切るまで、どれだけ急いでも五日は掛かる、だからその間、ハイランド軍を国境付近に足止めしておく仕事を引き受けて貰えないか、と。
アナベルが、二人の傭兵に、依頼している現場に。
だから、黙って、事の成り行きを、『少年・少女』達が窺っていたら。
「判った。五日、足止めしときゃいいんだな?」
「三日、なら楽だったんだがな」
ビクトールもフリックも、軽い感じの調子で、アナベルの依頼を、あっさり引き受けた。
……ハイランドの野営地に、実際に潜り込んだカーラにしてみれば、五日もの間、あの軍勢を足止めしておくことは、決して、気楽には引き受けられぬ仕事の筈、と思えることなのに。
二人は、それが生業だ、と言わんばかりに、いとも簡単に。
「あの…………。僕達も、一緒に戦わせて貰えませんか」
……と、とてもではないが、楽には挑めぬ戦いに、それでも『気楽』に挑むと、ビクトールとフリックが、頷いてみせたからなのか。
彼等の話に聞き耳を立てていた、『少年・少女』の輪の中より一歩進み出て、ジョウイが言い出した。
「申し出は有り難い、が…………。そうまでして、お前達が俺達に付き合う必要は、何処にもないんだぞ?」
だが、『大人』の話に割り込むように強く申し出たジョウイを見遣って、フリックは、考え込むようになり。
「そう、だなあ……。お前さん達も、充分立派に戦ってくれるってことは、判っちゃいるが……。敵の強さは判ってるだろう? お前達も。あの砦で戦ったんだから」
ビクトールも又、悩むような素振りを見せたが。
「……あの………………」
ビクトールの呟きの中に織り混ざった、『砦』の一言より、カーラは、ふっ……と。
夜陰の中、燃え陥ちていく傭兵砦を見詰め、どうして、確かな居場所を追われるように、逃れ、流れて行かなくてはいけないんだろう、どうして、逃げ続けるしかないんだろう……と、そう思ったあの一瞬を思い起こし。
「何だ? カーラ」
「お願い、です。あんまり、役には立たないかも知れないですけど。一緒に、戦わせて貰えませんか? ……僕、もう、何にも出来ずに逃げ出すのは、嫌なんです……。出来ることがあるんなら、したいって、そう思うんです」
ジョウイから逸れ、己へと向いた、ビクトールとフリックの視線を真っ直ぐ見返して、戦わせて欲しい、と、彼も言い出した。
「……そうか…………。でもなあ……、んー…………」
けれど、それでもビクトールは、どうにも固いと見えるカーラの決意を困ったように見遣り、次いで、チロ……っと、ユインを横目で眺め。
まあ、いいんじゃない? ──そんな風に、ユインが軽く、肩を竦ませたのを見届け。
「…………判った。じゃあ、手、貸してくれ」
ゆっくり頷いた。
「……はいっ!」
その仕草より、受け入れて貰えた、とカーラは、少しだけ満足そうに、顔を輝かせ、不安そうに、そして不満そうに、上目遣いをして来るナナミと、曖昧な笑みを浮かべたジョウイとを、振り返った。
「………………本当に、戦う気……?」
「頑張ろうね、カーラ」
「うんっ」
そうして、眼差しを送った先で、頑張ろうね、と言ったジョウイにカーラは、にこっと、笑みを浮かべる。
────『戦うこと』、それが、もう逃げ惑うだけの存在ではいたくない、と思った自分に出来る唯一のことであると言うなら、微々たることしか出来なかったとしても、戦おう、と決めた己の『決意』と、真っ先に、戦わせてくれ、と言い出したジョウイの『決意』は、同等の物である、とカーラは、信じていたから。
もう、只、逃げ出さずに済むように。自分達の居場所から、追い出されずに済むように。
この街で得た、この一週間の平穏が、例え『場所』を違えても、この先もずっと、続くように、と。
何時か、彼が言っていた、齎したい『幸せ』を始める為にと、ジョウイも、きっと、そう考えた筈、…………と。
その時、カーラは、信じていたから。
だから彼は、鮮やかに、笑んだのだけれど。