どうして、戦争になんか、と。

心底気に入らなさそうな態度を、ナナミが崩さぬことだけが、胸に痛かったけれど。

戦場で戦う、ということは、振り返ることなく、『ひと』を殺さなくてはいけないことだから、それを考えると、胸は苦しかったけれど。

何日か前、何故貴方は戦うのかとのジョウイの問いに答える形で、アナベルが言っていたように、失いたくないモノがある、それは、失いたくないモノを奪おうとするモノを、戦って、討ち滅ぼしてでも退けることでもあるのだ、と。

少しずつ、カーラにも、理性の外で判って来たから。

一緒に戦うんなら働け、と、ビクトールやフリックに腰を叩かれるに任せて、カーラは、自ら挑むと決めた翌日の戦いの支度を整える為に、ミューズの街の中を東奔西走し始めた。

「ねえ、カーラ」

忙しなく、カーラやジョウイが立ち働き始めても、人を殺す為の支度なんて、と、余り協力したくなさそうな素振りを見せて、ナナミは宿屋に残ったけれど。

何故かユインは、カーラの後に付いて来て、のんびりと、カーラの仕事を冷やかす風にしながら、話し掛けて来た。

「はい?」

「…………戦う、って決めて。……そうだね、有り体に言ってしまえば、敵を殺してでも、って決めて。……カーラは、後悔しない?」

己の名を呼んだユインの声が、間延びした、酷く気楽そうなトーンだったから、他愛無いことでも言い出すのかな、と、振り返れば、眼差しだけは真摯にしているユインに、そう問われ。

「……何時か、後悔することも、あるかも知れません……」

歩いていた足、動かしていた腕、それを全て止め、少し、俯き加減にカーラは答えた。

「逃げたくないとか、守りたいモノがあるからとか、失わない為には戦うしかない、とか。……綺麗事言ってみても、結局は…………、ですから。何時か僕は、人を殺したんだ、って。そう思うことも、あるかも知れません。……でも、やっぱり僕はもう、逃げたくないんです。失いたくもないんです」

「……怖くは、ないの?」

「怖い、です……。ホントのこと言うと、怖いです…………。人を殺すのも、自分が殺されるかも知れないのも。考えると、頭真っ白になりそうで、傭兵砦の戦いで、初めて人を殺した時のこととか思い出して……嫌な気持ちになります……。──でも、決めたんです。自分が持てる程度の、細やかな幸せくらい、自分で守りたいって……。だから…………」

「…………そっか。決めたんだ。後悔するかも知れなくても、怖くても。戦う?」

「……はい」

──動きを止めて俯いたまま、ぽつぽつ、カーラが語ることを聞き留め。

「……君は、良く似てるかも知れない。僕に」

ユインは、大人びた微笑みを浮かべて、くしゃり、カーラの髪を撫で。

「後悔しても、怖くても。戦いの先にしかないモノは、歴然とあるから。…………大丈夫」

言い聞かせるように、彼は言い。

「…………明日」

「はい?」

「明日、一緒に行ってあげる」

瞳上向けて来たカーラへ、ユインは、湛えた笑みを深めてみせた。

もう、一週間以上滞在しているその宿屋で、ナナミとピリカで一部屋、カーラとユインとジョウイで一部屋、と。

そんな風に、彼等は部屋を取っていた。

だから、ハイランドとの戦に赴くその朝。

「んーーー…………」

むにゅむにゅ言いながらカーラが起き出したら、この一週間、毎朝そうだったように、

「おはよう、カーラ」

と、ユインの声が掛かり。

「おはようございま…………す……?」

やはり、この一週間そうして来たように、ユインの言葉に応えようとしてカーラは、目を擦りながら起き上がって、そこにあった、黒い塊に、へ? と声を裏返させた。

「どうしたの?」

すれば、その黒い塊は、ユインの声を放ちながら蠢き。

「えーと。ユイン……さん?」

「うん、そうだけど?」

「…………何、で、そんな格好…………?」

何時もしている、若草色のバンダナを、黒色のそれに。

白い、長袖の服の上に、これまで彼が羽織っていた赤い色の上衣を、赤い色のそれにとても意匠の似た、黒い上衣に。

淡い檸檬色のようなズボンまで、黒色のそれに、と。

白い長袖の服以外全て、漆黒に塗り替えてしまったかのような出で立ちでいるユインを、頭の先から足の先まで、しみじみ……と、起き抜けの気怠さをも吹き飛ばしてカーラは、唖然と眺めた。

「……一寸、都合?」

が、見詰めめられ、問われても、さらっと適当なことだけをユインは言い。

「都合? って。それこそ、何の都合……ですか?」

「個人的な、都合?」

「…………はあ……」

「……うん、ぶっちゃけた話。ちょーーっとね、僕のこと知ってる人が、『向こう』にいたら、困るなあ、って思って。だから、変装?」

「………………全部疑問形で言われても、僕には答えようが……。それに、それって変装……って言います……? ──知ってる人がいたら困る、って……。ユインさん、ハイランドで何か、悪いことでもしたんですか……?」

「いや、別に?」

「……ま、まあ……、ユインさんがそれで、と言うなら、それで良いんじゃ……ないでしょうか……」

何処か他人事のように、飄々と語るユインの様へ、やっぱり、解らない所のある人だなあ……と、ぼんやり思いながらカーラは、ユインさんにはユインさんの都合がある、と無理矢理割り切った。

そうしてカーラは、一先ず、ユインの出で立ちに関することは頭から追いやり、寝起きの悪い己よりも尚寝汚い、ジョウイを揺すり起こして、ユインの姿に、己と似たり寄ったりの反応を返した親友に苦笑を送り、三人揃って、階下へと降りて。

「……お前、何考えてんだよ…………」

「もしかして、目立たないように、って、持ち合わせのない気遣いでも振り絞ったのか……?」

「…………でも……あの、それ……。凄く、目立ちます、よ……? 多分…………」

似合う? ……とか何とかおどけながら、そこにいた、ビクトールやフリックや、やはり、ユインのことを以前から知っているらしいアップルが、げんなりとするのを楽しんでいる風なユインのことも、ぶつぶつと、ユインに言い募るビクトール達の声も、見えない見えない、聞こえない聞こえない、と彼は、知らぬ存ぜぬを通し。

「ま、まあ、いいか。──支度、出来てるな? なら、行くぞ!」

気を取り直した風に、号令を掛けたビクトールと共に、戦場へと向かった。