堅牢な門と壁で隔たれられている、ミューズ地方との国境を踏み越え、都市同盟領内に踏み込んで来たハイランド軍と、ビクトールの率いる傭兵部隊とミューズ市兵とで構成されたジョウストン都市同盟の部隊は、国境線に程近い、見晴らしの良い草原で鉢合わせた。
出立前、軽く行った軍議で、軍師であるアップルより、
「撃って出ることは、考えなくて構いません。私達の仕事はハイランド軍の足止めですから、ここから先、ハイランドの軍勢を進めないようにすることだけを考えて下さい。……こう言わなくてはならないのは、少し心苦しいんですが……陣形を布ける程、こちらの兵力は多く有りませんし、急拵えの軍にそれを望むのは、一寸難しいですから。それぞれ、各部隊毎に部隊長が指揮を取って、その場の判断でやり過ごして下さい。──……ええ、と…………ユインさん、がいます、から……。何処まで『それ』が守れるか、とは思いますけど……、あー……、カーラさん、守ることだけ考えてくれれば、それで大丈夫ですよ」
……と、言い渡されていたので。
それこそ、ユインさんがいるのに何でだろう? と、当人はしきりに首を捻ったけれど、何故か、歩兵隊の一つを任されることになったカーラは、アップルに言い渡されたことを忠実に守って、眼前に迫って来たハイランド軍に、立ち向かおうとしていた。
「…………随分と、出た処勝負の戦だなあ……」
──傭兵砦で、戦、というものを、経験はしたけれど、殆ど、初陣に近いカーラやジョウイは、傍目にもはっきりと判る程、緊張で、その頬を強張らせていたが。
どうも、こう言ったことに馴染みがない訳ではないらしいユインは、アップルの指示を思い起こしている風な顔付きをしながら、ぼそっと、不平らしきものを吐いた。
「でも……。僕は戦術とかって、以前いた部隊で一寸教わった程度のことしか知りませんけど、陣形……ですか? それって布くの、凄く難しいんじゃ?」
配下として『渡された』兵士達を背に、緑の草敷き詰められている草原の大地を踏ん張るようにしていたら、ユインがそんなことを言い出したので、カーラは、出た処勝負で行くしかないのでは? と、傍らの彼を見上げた。
「『戦争』をするならね。確かに、そうだね。陣形は布かないといけない。けれど、寄せ集めの傭兵部隊と、僅かな市兵部隊とでは、碌な陣形は布けない。だから、出た処勝負の、各々の部隊長の裁量に任せるような戦い方を、しなくてはならない。……でもね、カーラ」
「はい?」
「これは、『戦争』ではないよ。そう言った意味の、戦じゃない。何故なら、僕達はまともな形で攻めることが出来ないから。ミューズの街を守ることが、精一杯の戦力しかないから。敵を倒す、戦争、と言うよりは、抵抗、の域を出ない。…………だったら。抵抗するには抵抗するなりの、やり方、ってのがあるだろう?」
「…………そう、なんですか?」
「うん。……そうだなあ……、カーラに判り易く言うんだったら……。──ああ、うん。雪合戦。数名対大勢で戦わなくちゃならない、陣地取りの雪合戦。それ、想像して御覧? 大勢の敵が、人数に物言わせてバンバン雪玉投げて来たら、カーラならどうする?」
「……えっと…………。ええ、と。普通にやってたら、何時かは負けちゃいます、から……。何とかして雪玉避けて、相手の陣地の旗取ること、考えます、けど…………」
「そうそう。それが一番、可能性あるよね? ──『これ』もね。それと一緒。陣地の旗を取る代わりに、一番偉い人を倒せばいい。幸いこちらには、『雪玉』を避ける為の、火炎槍、もある。…………アップルも、まーだ、頭固いなあ……。戦争には、戦争としてやらないでもいい戦争、ってのがあるのに」
────アップルが、言っていたように、『こうする』しかないだろう戦なのに。
ユインさんは、何が気に入らないんだろう……? と見上げてみれば、判り易い形でユインが、そういうこと、と説明してくれたので。
「……色々、なんです……ね……」
カーラは、きょとん、と目を丸くした。
「そう。……そういう訳だから。……じゃ、行こうか」
そして、唯、感心した風に見上げて来るだけのカーラへ、ユインはにっこりと笑って。
「……何処へです?」
「ん? 『旗』、取りに。……五日、敵勢を足止めしなくちゃならない、これは、口で言う程容易なことではないよ。そして今日は、未だ初日。決めてしまうなら、早い方がいい。その分、明日に響かない。それに」
「未だ、何かあるんですか?」
「…………それに。後悔や、恐怖を覚えるのも。早い方がいい。それでも、『引かない』、と君が思えるなら、それはそれでいい。『引く』、と思ったとしても。痛手は軽くて済む。…………我ながら、結構きついこと言ってるし、きついこと求めてるな、とは思うんだけどね。……それが、君の為だから」
…………笑みを湛えたまま、ユインは。
暗に、その身を以て、戦場を覚えろ、とカーラに言い渡した。
…………そうして。
「いいかい? カーラ。右手、前方。丑の刻の方角。あそこに、フリックの部隊がいるだろう? ……ほら、もう火炎槍持ち出して、ハイランドの一部隊と戦ってる。…………フリック達が、ああしてるから。よく見て御覧、少しずつ、ハイランドの部隊が、あの方角に移動して行ってる。だから、酉の刻。……そう、森の方。あっちは、殆ど敵がいないだろう? あの森に紛れるように、この部隊を進めて御覧。思っているよりも、『旗』が近くに現れるから。……ほら、『旗』、動いてないだろう? ね? ……大丈夫、行っても」
彼は何処までも、カーラを教え諭すように語りながら。
「あ、は、はいっ」
頷き、部隊を率いて進み始めたカーラと、至極複雑そうな顔をして、自分達のやり取りを聞いていたジョウイとを見比べ、己も、足を進め始めた。