「……やりやがったな、この野郎」

カーラ達が、本隊と合流するや否や、人垣を掻き分けて、ビクトールがやって来て。

やって来るなり彼は、手を差し出し、カーラを馬から下ろしてやっていたユインの後頭部を、少々遠慮のない勢いで、小突いた。

「…………でも、正直、助かった」

きちんと、カーラの両足が地に着くまで支えて、それから振り返り、痛い、と言わんばかりの顔をユインがすれば、複雑そうな顔をしながらもビクトールは、ユインに礼を告げた。

「褒めるなら、カーラとか、カーラの部隊の人達、褒めてあげてよ。僕は所詮、助っ人」

すればユインは肩を竦め。

「………………それも、そうだな」

何処までも、複雑そうな、物言いた気な表情のままビクトールは頷き、ポンポンと、カーラの頭を撫でて。

「本当、良く頑張ったな」

にっこりと、笑ってから。

「皆、良くやってくれた!」

カーラの後ろに控えていた、彼の部隊の者達や、他の部隊の者達へ向けて、声を張り上げた。

「オオ!」

良く通る、ビクトールの太い声に応えるように、兵士達からは、勝鬨めいた声が湧く。

「おっしゃっ! 後始末、急げ! 負傷者の手当を最優先にな! 済んだら一先ず、ミューズに戻るぞ、立て直しと補給だ! 都市同盟の総力が結集するまで、後四日、踏ん張るからな!!」

そして更に、その声に応えるように、ビクトールは声を張り上げ命令を飛ばした。

「あ、ビクトールさん、僕もやります。そういうのも、前に習ったから。救護の人達、何処にいますか?」

「お、そうか? そいつぁ助かる。ならアップルんトコ行って、手伝って来てくれや」

傭兵部隊の長の命を受けて、兵士達がパッと散り、カーラも、手伝えるから、と、その場より駆け去って。

「…………随分と、カーラにご執心だな、ユイン」

カーラも、そしてジョウイも、仕事へと向かってしまったのを確かめてから、ビクトールは改めて、ユインへと向き直った。

「……そう……だね。そうなるのかな」

何かを、探るような眼差しを向けて来る、かつての戦友へ、ユインは、曖昧な答えを返した。

「又、どうして」

「………………最初は、さ。一晩限りの縁だと思ったんだよ。一寸、助けることになっただけの縁だ、って。でも、まあ……それだけじゃ済まなくって。……それでも、関わり合いなんて、持たなくっても良かったんだけど。…………他の子は兎も角、あの子。カーラ、ってさ。放っとけない雰囲気、あるじゃないか。人懐っこいし。弟みたいに可愛がってみたくなるタイプ、って言うかさ。頼まれると、嫌って言えないって言うか」

「あー、まあな。それは、あるな。あいつの得な所だ。何つーか。例えは悪いが。小動物的っつーか」

「そう。だからね、一寸、構い倒してみたいなあ、なんて思ったんだよ。……でも、あの子」

「……ん?」

「…………似てるんだよ、あの子。物凄く、この子は僕に似てるんじゃないか、って、そう思える瞬間が、時々あるんだ。……だから。もしもあの子が本当に、『僕に似ている』と言うなら。道を間違えたり、苦しんだりしないようにしてあげたいって、そう思うんだよ……」

「ユイン…………」

曖昧に答えつつ、語り出したユインは、だから、カーラのことを……と、一息に、ビクトールに向けて白状し。

語られたビクトールは、言葉を詰まらせた。

ユインの過去を、知るが故に。

「…………ビクトール」

「何だよ」

「これから先、どうするか、どうなるのか、それは僕にも判らない。……一応、カーラに手を貸すのは、これで最後にするつもり。このまま何もなければ、僕はミューズを離れるよ。でも、もしビクトールが、少なくともあの子達がこれから先どうするのか、そこまでの面倒を見てやろうと思っているなら、心に留めておいてよ」

「……留める……って、何を?」

「カーラと、ジョウイ君は。真の紋章を、分け合って宿した。……言ってる意味、判るだろう? あの子は、僕と一緒で。真の紋章を宿してる。……不完全な紋章みたいだけどね。……それ、覚えておいてあげて」

ユインの語ることへ、『昔』を思い出し、ビクトールが声を詰まらせれば。

僕はこれで、袂を分かつかも知れないけれど。カーラのこと、宜しくね……? と。

何処か、儚い風に、ユインは微笑んでみせた。

アップルの許まで走り、指示を貰い、無事だったジョウイと二人、負傷者の間を廻りながら。

手当をする為の腕は止めず、カーラは少しばかりうっとりと、傍らのジョウイへ、先程の戦いの折の、ユインの姿のことを語っていた。

「……笑わない? ジョウイ」

「え? 何を?」

「子供っぽいこと言っても、笑わない?」

「う、うん。……多分」

「僕には、やっぱりユインさんって、遠い異国の、戦いの神様みたいに見えるんだ……。……ほら、グレミオさん。グレミオさんって、男の人なのに、凄く優しい顔立ちだからさ。初めて逢った時、夜だった所為もあるけど、グレミオさんのこと、子供の頃に見た絵本の挿絵の、天使様みたいに見えて」

「…………ふうん……」

「そんなグレミオさんを連れてる、物凄く強いユインさんは、天使様を従えた、異国の、戦いの神様に見えたんだ。さっきも、そう。……只、見惚れるしかないくらい、ユインさんって、強いから。……ユインさんみたいに、僕も強くなりたいなあ……。…………強くって。決して判断間違えなくって。でもそれを、当たり前みたいに出来る。そんな風に、なれたらいいのにな。……でも、一寸無理っぽいよね。『異国の、戦いの神様』、だもんね。けど、いいや。ユインさん、お兄ちゃんみたいだから。強いお兄ちゃん、って、一寸自慢」

余り、ユインの話をするのは気乗りがしない風に、ジョウイがしていることに気付かず、ふふふ、と幸せそうに、カーラは笑い。

けれど次の瞬間、手当の手を尽くせども一向に減らぬように感じる、負傷者達の姿を見遣って、その頬を翳らせ。

「……頑張らなきゃ。────大丈夫ですか? 今、治療しますね」

うん、と顔色を変えて彼は、薬と包帯を携えつつ、次の負傷者の、手を取った。

────これより、暫くの時が過ぎるまで。

どういう訳か、カーラ自身にも、ユインにも、ビクトールやフリックにも、『それ』は伝わらず。

彼等は『それ』を知らずに、当面の日々を過ごすことになるのだけれど。

この日を境に。

少しずつ、少しずつ。

ビクトールの傭兵部隊に属する兵士達や、この戦いに参加した、ミューズの市兵達の間には。

癒しの手を持つ少年が、傭兵部隊の中にはいる、と。

その少年に、傷を摩られるだけで、何故か、怪我が治る、と。

そんな噂が。

じわじわと、広まり始めた。