夜明けと共に起き出して、街道を南下したら、午前の内に、コロネの街には辿り着けた。

だが、昨夜、ミューズが襲撃されると同時に、コロネの街もハイランド軍の襲撃を受けたようで、辿り着いた湖畔の街は、既に、敵国の占領下にあり、対岸への渡し船を出すことも、漁の為の船を出すことも、禁じられてしまっていた。

それ故、カーラやユイン達は、コロネの宿屋でばったり会った、以前、カーラやナナミと一寸した関わり合いを持った旅の大道芸一座の、リィナとアイリの姉妹と、ボルガン、という青年とも手分けをして、クスクスまでの船を出してくれる船頭を捜した。

町中を駆けずり回って、「船を出して貰えないか」と、それらしい男達に手当たり次第に頼み込み続け、片っ端から断られ続けた最後。

ハイランド軍の締め付けが厳しいから、自分達は船を出してやることは出来ないが、あの男だったらもしかしたら、と、コロネの街の船頭達が、口を揃えて言った相手──ビクトールやフリックがそうだったように、どうも、ユインのことを良く知っているらしい、が、ユインの顔を見るなり、何かを言い掛けた処で、一言二言、当のユインに何やらを囁かれ、それきり何も言わなくなった、タイ・ホーとヤム・クーという二人組の漁師より、船を出してやる、との約束を取り付けられた。

尤も、その約束を取り付ける為にカーラは、じーっと、己とユインの顔とを見比べた後、何を思ったのか、チンチロリンで勝負をしろ、と告げて来たタイ・ホーとの賭け勝負に、勝たなくてはならなかったのだけれど。

運良く、タイ・ホーとの勝負にカーラは勝つことが出来て、対岸への渡し船を出して貰えた。

そしてそれより数刻程掛けて、タイ・ホーとヤム・クーの操る船は、ユインとカーラ達一行を乗せて、対岸のクスクスへと到着し、ミューズやコロネが、ハイランド軍に陥落させられたとの大騒動すら伝わっていない、のどかな雰囲気のクスクスで、タイ・ホー達に別れを──特にユインは二人と、ぶつぶつごそごそごにょごにょ、秘密めいた会話を交わしてから──告げ。

のどかな湖畔のその街で、一晩宿を取って、それより数日程を掛け、野宿を繰り返し、漸く。

ビクトール達の伝言通り、サウスウィンドゥの街へと到着した。

ミューズ程ではないが、サウスウィンドゥの街は、グランマイヤーという市長が治める、この辺りの村落全てを管轄している大きな街で、ふわ……と、カーラやナナミは首を傾けて見上げるくらい、立派な市門を持っていた。

訪れる者全ての為に開かれたその門を、潜る人も出て行く人も、それはそれは多く。

「ビクトールさん達、何処の宿屋にいるんでしょうね……。どうしましょう、コロネの街から船出てなかったから、ビクトールさん達も、未だ辿り着いてもいないかも知れないし……」

都会に慣れ切っていないカーラは、辿り着けた嬉しさ半分、街の大きさに対する不安半分、な複雑な顔をして、辺りをキョロキョロ見回した。

しかし、彼の不安は杞憂で、門を潜って程なくしたら、目抜き通りの向こうから、見知った、熊の如く良い体躯をした傭兵風の男──そう、ビクトールが、一行の許へと駆け寄って来た。

「ユイン! カーラ! ナナミも! 無事に着いたかっ。心配してたんだぞ、コロネからの船が出なくなったって、ここに着くなり聞かされてな。デュナン湖、渡れねえんじゃねえかと……」

一行を見付けた途端、その足の進みを、『歩く』から『走る』へ変えてやって来たビクトールは、一同を見回し破顔する。

「ああ、船は出てなかったけれど、何とか、無事にね。何でかこっちにいる、タイ・ホー達に会えて、送って貰ったんだ」

良かったと、順番に、ユインの肩や、カーラやナナミの頭を、ポンポンと叩いて行った笑顔のビクトールに、ユインも笑みを返した。

「タイ・ホー達に? それは、随分奇遇だな。……俺達も一寸、湖渡るのに難儀してなー。コロネの西の漁村まで足伸ばして、ちょいと、船『借りて』な」

「…………借りた、ねえ……」

「……いいだろうが、別に。ちゃんと何時かは返す……と思うし。多分。──で、まあ、そんなこんなで。やっと昨日、ここに着いた処だ。他の連中は、未だ着いてない。だから、誰か着かねえかな、ってな。市門まで様子見に来たんだ。上手いこと、お前等見付けられて良かったよ。着いたばっかだってのに、ここの市長んトコ顔出したら、頼み事されちまってなー……」

笑い合いながら、市門近くの通りの脇で、ユインと言葉を交わした後、自分達の方はこうで、とビクトールが話し出したことに耳を傾けていたら、彼の話はやがて、サウスウィンドゥの市長、グランマイヤーに頼まれたことへと続いた。

「頼み事?」

故に、ユインもカーラも、何を? と首を傾げ。

「まあ、歩きながら話そうや。フリックも宿屋で待ってる」

それがなー、と、一行を引き連れ宿屋への道を辿りながら、ビクトールは更に語り始めた。

「ここに着いて直ぐ、市長のグランマイヤーんトコに顔出しに行ったんだ。…………ミューズが、あんなことになっちまったろう? だから、何とかはしなきゃならねえんだろうが、俺達は傭兵だからな。はっきり言って、『財布』がなけりゃどうしようもねえから。グランマイヤーとは知らない仲じゃねえし、その辺、サウスウィンドゥ市の方で何とかならないかと思って挨拶行ったら、都市同盟の存亡に関わるかも知れない話だし、ミューズの件もあるから、俺達を雇うつもりはあるが、その前に、やって欲しいことがある、と言われたんだ」

「………………何を?」

「それが……。──ここから、戌の刻の方角目指して街道をどん詰まりまで行くと、ノースウィンドゥ、って呼ばれてた場所があるんだ。大昔は領主もいて、当時の城も一応は残ってる、まあ、体よく言えば歴史のあった街なんだが、十年くらい前にはもう、只の村になってた集落でな。今では、大昔のその城と、墓くらいしかない廃村なんだが。どうにも最近、その辺りで、近くの村の奴とか、グリンヒルの方へ続く橋を渡ろうとしてた旅人とかが、行方知れずになってるらしいんだ。しかも、女ばかり」

「へえ……。物騒ですね、随分……」

「ああ、そうだ。カーラの言う通り、物騒なんだ。だから、ひょっとしてあの廃村に、夜盗とか山賊とか、住み着きでもしたんじゃねえか、って。様子見て来てくれ、でもって、本当にそんなことになってたら、何とか退治して来てくれ、って。頼まれちまってなー。でも、ここも忙しいから市兵は出せないってなもんで。グランマイヤーの側近の、フリード・Yって奴だけが、俺達と一緒に派遣されることになってな。……俺とフリックと、フリードだけじゃ、幾ら何でも、だろう?」

「ふうん。だから、誰かここへ着いて、『人出』にならないかと様子見に来た、と。そういう訳なんだ」

「そうだ。そういう訳だ」

ほてほて、急ぐでもなく通りを歩き、もう間もなく、フリックや、話に出て来た、フリード・Yという市長の側近が待っている宿屋が見えて来るとなった辺りまでに、ビクトールは事情を語り終え。

「だから、悪いんだがな。ちっと、手伝って貰えないか? 着いたばかりで、疲れてるたぁ思うんだが。出来れば、明日にでもノースウィンドゥへ向かいたい」

くるっと振り返って、真後ろを歩いていたユインとカーラを、拝み倒す風になった。

「…………僕、は……構いません、けど……」

「ああ。僕も構わないよ。乗り掛った船と言うか。毒を喰らわば……と言うか」

見せる風情は、拝み倒して来る風だったけれど、その頼みを断られるとは、これっぽっちも考えていないらしいビクトールに、カーラも、ユインも、いいよ、と頷いた。

「そうか? いやー、悪いなー。お前等のことだから、引き受けてくれると期待はしてたんだが。すまないなー」

二人の快い答えに、ニカッと、ビクトールは更に笑みを深めた。

「……処で。後ろの、別嬪さん二人と若造は、何処の誰だ? 二人して、ここに来るまでの間に上手いことでもやったのか? ……ん? 姿が見えないが、ジョウイはどうした? 腹でも壊して、厠でも行ったか?」

そうして彼は笑んだまま、彼には初見となる、リィナやアイリやボルガンのことや、いない、ジョウイのことを、訊き始めた。

「リィナさん達のことは、後で紹介します。…………えっと、ジョウイ、は……。その………………」

だからカーラは、とうとう尋ねられた、と、身を固くし、辿々しく言い。

「……ビクトール」

ユインは、ふっ……と首を巡らせ、傭兵の名を呼んだ。