ユインにしても、カーラにしても、それ相応の覚悟のような物を、きちんと持ち合わせてはいたのだろうけれど、何処となく、だとか、何となく、だとか、そう言った雰囲気が最も強かっただろう中、重みのような、荷物のような、ソレを分け合って。

部屋へと戻った後も、二人共が余り良くは眠れなかった翌朝。

義姉として、何時でもカーラを気遣って止まないナナミや、カーラに、とある方向性を持った興味を抱き始めたらしいアイリなどは、彼等に同行したそうな素振りを見せる中、盗賊や夜盗の類いが占拠しているかも知れない、しかも、女性ばかりが行方不明になると言う噂の廃村に、女性を連れて行くのは良い案とは思えなかったので、男達は、おてんばな少女二人を何とか言いくるめ、留守番のみを頼み、予定通り出発した。

──サウスウィンドゥの街から見て、北西にあるノースウィンドゥの村跡までは、大人の足で、一日半程の行程になる。

馬を使えば、半日もあれば充分だが、サウスウィンドゥの街のお抱え傭兵部隊になれるかどうかも未だに謎な、ビクトールやフリック相手に、物資が貸し出される訳もなく。

まあ、のんびり行くか、と、土地勘のある、フリードとビクトールを先頭に、彼等は街道を進んだ。

「…………あー……のな。ユイン。それに、カーラも」

男ばかりの、むさ苦しい道行き、と。

豪快に笑うビクトールに釣られたように、一同が、笑みつつの会話を始めて暫し。

声を潜めれば、先行く二人の耳にはやり取りが届かぬ程度の距離を置いて、不意にフリックが、ユインとカーラに、ひそひそと話し掛けた。

「何?」

「何ですか? フリックさん」

全身青一色の傭兵のそんな態度に、ユインとカーラは顔を見合わせ、その後、彼を振り仰いだ。

「あー……、その。……俺の口、から……、こういうことを言うのは、何かとは思うんだが」

「……? うん」

「はい……?」

「その。俺達が向かってる、ノースウィンドゥ、な。実は、ビクトールの、故郷なんだ。だから、その……、まあ、何だ……。ええと…………」

『その』話を始めたのは己だというのに、振り仰いで来た二人の顔を、交互に見比べながらフリックは、しどろもどろになる。

「………………? ビクトールさんの、故郷、ですか?」

何故、フリックの態度がそんな風になったのか、カーラには判らず、彼は只、首を傾げるばかりだったけれど。

「……ああ、そういうこと。──判った。頭の隅に、置いておくよ」

フリックが言わんとしたことを理解したらしいユインは、軽く頷いた。

「すまん。頼む。……俺はどうにも、そういうことが上手くないみたいだから。…………がさつで、大飯喰らいで、熊みたいな奴だが、一応、な、その……何年か続いちまった、腐れ縁があるから。気ぐらいは、遣ってやりたいかな、と」

傭兵の意を汲んで、ユインが頷けば、フリックはホッとしたように、言い訳めいた科白を吐いて、そそくさと、先頭を歩くビクトールとフリードの傍へ、戻って行った。

「何か、事情でもあるんですか? ビクトールさんの故郷、って」

──歩調を元に戻したフリックへ、ビクトールが、「何を遊んでいやがる」と軽口を吹っ掛け、その軽口にフリックが、ぎゃあすかと応酬し出すのを横目で見ながら、一人、事情が汲めぬカーラは、今度はユインを見上げた。

「……一寸ね。──僕も話に聞いただけだから、多くは語れないけど。フリックがあんな風になるくらい、色々と、ビクトールにしたら思うことがあるんじゃないかな、って事情。でもまあ、彼だから。心配することはないと思うけどね」

すればユインは、微笑みながら、もう、『昔』に決着が付いた話だ、と、ゆるり空を見上げながら、カーラに語ったのだけれど。

辿り着いた、ノースウィンドゥの村跡の、その余りの静けさに、盗賊だの夜盗だのの類いは、所詮は只の噂だったのか、と、彼等が皆、そう考え始めた頃、不意にユインが顔を顰め、あれ? とカーラが右手を押さえて不思議そうな顔をしたその時、起こった出来事──四〇〇年の時を生きた吸血鬼との邂逅、その所為で。

何故、ノースウィンドゥの村が滅びてしまったのか、一体誰にそうされたのか、そして今、この廃村で何が起こっているのか、その事情が一度に、カーラにも飲み込めた。

昨日の午後、街道を辿っている最中、ビクトールの故郷の話に及んだ時、空を見上げながら、『昔』の話、とユインが微笑んだそれが、どうやら昔の話にはなり得ていなかったらしいことも。

察せられた。

吸血鬼──ネクロードと、ビクトールの間に何が遭ったのかも。

ビクトールとネクロードのような、明確な関係は判らなかったけれど、フリックにもユインにも、ネクロードとの間に、憎悪のようなものをちらつかせるだけの某かが遭ったらしいことも。

カーラには判った。

……だから、という事情もあって。

それに、亡骸を弄んで喜ぶようなネクロードの質が、純粋に許せなくて。

カーラはフリードと共に、ネクロードに挑もうとしたが、何故かそれは、ユインやビクトールやフリック、総出で止められ、歯噛みしながら、廃村を抜け出し。

「どうして、戦っちゃ駄目なんですか?」

彼は、悔しそうにしたままの面を、ユインへと振った。

「以前、戦ったことがあるから判るんだ。普通の武器を、あの吸血鬼は受け付けない。魔法もね。四〇〇年も生きている相手だから、倒すとなると、相応の武器が必要なんだよ。────ビクトール」

だが、ユインも又、何処となく悔しそうに肩を竦め、軽い事情だけをカーラへと語ると、ビクトールを振り返った。

「何だ?」

「星辰剣は?」

「…………あー、星辰剣、なー…………」

振り返り様告げられた、『星辰剣』の言葉に、ビクトールは渋い顔をする。

「どうかした? 喧嘩でもしたとか?」

「そういう訳でも、ねえんだが…………」

「じゃあ、機嫌でも損ねた?」

「んー……。まあ、似たようなもん、かも知れねえなあ……」

そうして彼は、ごにょごにょと、言葉を濁した。

「え、喧嘩? ……剣の、機嫌……? …………え?」

「何でしょうね……」

確かに、『剣』の話をしている筈だろうに、何故か、感情を持った生き物の話をしているようなユインとビクトールの会話に、カーラとフリードは、首を捻った。

「ま、行きゃあ判る。幸い、ユインもいるしな。何とかなるだろ。──っつー訳で。風の洞窟、付き合ってくれや。そこにいるんだ、あいつ」

しかし、カーラやフリードが不思議そうに、ユイン達の様子を窺ってみても、答えは返らず、ノースウィンドゥの廃村に巣食った吸血鬼を退治する為に、彼等は今度は、風の洞窟、なる場所へと、赴くことになった。