ノースウィンドゥの廃村から、『星辰剣』という剣が置かれているという風の洞窟は、それ程遠くなかった。

あの廃村が故郷のビクトール曰く、彼の子供時代、その洞窟は、近隣の子供達の度胸試しの場所だったとのことだから、結構近い場所にあるんだろうな、とカーラ達が想像した通り、子供の足でも数刻と掛からぬ場所にその洞窟はあって、名の由来となった、何処からともなく吹き上がり、洞窟内部を抜けて行く、風の通りの激しいそこを、何時の頃からか住み着くようになった魔物達を退けつつ、奥へ奥へと、一行は進んだ。

洞窟の中は、多少入り組んではいたけれど、確かに、子供達が度胸試しに潜っても危険はそれ程感じないくらいで、余り、奥深くもなく。

暗い道を辿りつつ、比較的簡単に、星辰剣とやらの許へ向かうことは出来るかな、と、トンファーを掴みながらカーラは、のほほん、と思った。

間もなく、洞窟の最深部に辿り着く、と相成る頃には、星辰剣の噂を聞き及んでやって来た、ビクトール同様、ネクロードを追い、そして討ち滅ぼすことが生きる目的らしい、カーン・マリーという名のヴァンパイヤ・ハンターとも巡り会い、道行きを共にしたりしながら一行は、どうやら風の洞窟のある山の向こう側に抜けることが出来るらしい、洞窟の出口まで辿り着いた。

────辿り着いたそこには。

鞘にも収められていない、剥き身の、随分と古めかしい意匠の大剣が一振り、大地に突き立てられていた。

だから、ああ、あれが星辰剣、とカーラは思って、真横の傭兵へ向き直る。

「ビクトールさん、あれですか?」

「ああ、あれ、だ。……迂闊に近寄るなよ、多分、えっらいこと、怒ってるだろうから」

すればビクトールは、やはり、剣を生き物の如く扱う風な科白を口にし。

どうして、皆、剣相手に、そんな風なことを言うんだろうなあ、と、しみじみ、カーラは首を傾げ。

……直後。

彼は、十二分にその理由を、その身で以て、知った。

──ビクトール達の口振り通り、本当に、星辰剣は『生きていた』。

風の洞窟を出て、ノースウィンドゥへと戻る道中、カーラは聞かされた話だが、星辰剣というのは、二十七の真の紋章の一つ、『夜の紋章』の化身だそうで。

夜に属する生き物、全てを司り、意思を持ち、喋り、そして、魔法までも操る剣だった。

そんな星辰剣の手を、かつて、ネクロードと対峙した時、ビクトールは借り受けたことがあるとかで、あの吸血鬼を倒せた、と信じた彼は、余りにも横柄な口を利く星辰剣に嫌気が差して、風の洞窟の奥へと置き去りにし、置き去りにされた星辰剣は、ビクトールに対する怒りを湛え続け。

………………今に、至る。

だがまあ、散々、一行へ──特に、ビクトールに対して──八つ当たりをしたら、星辰剣の気も晴れたようで、無事、物言う剣を従わせることは叶い、廃村へ取って返すことも叶い。

ネクロードが今の根城にしている、かつての地方領主の城跡へと彼等は乗り込み、改めて、吸血鬼と対峙した。

──踏み躙られて、幾年いくとせが過ぎて後。

再び、故郷を踏み躙ったネクロードに対するビクトールの怒りは、それはそれは凄まじいものだった。

ハイランドから都市同盟へと注ぐ川の岸で助けて貰ってより数週間、何時如何なる時でも、余裕とか、ゆとりとか、そう言った物を失うことなく、周りを励ますように笑っているのが常だったビクトールが、こんな風になるなんて、と、カーラは目を見開いてしまった程に。

そして、ユインも又。

端で見ていたカーラがぞっとした程、冷たい眼差しを、無言のまま、ネクロードへと注いだ。

廃城の最上階の、唯一まともに使える部屋の直中で、ビクトール以外、その場に居合わせた者は誰も真実の関係を知らない、が、事情を知らぬ誰もが、何らかの想像は巡らせられる、一人の女性の亡骸をネクロードが呼び出し、どうしようもなく卑怯な手で、亡骸と星辰剣を引き換えにしろと、傭兵へと迫った瞬間には。

……そこにやはり言葉はなく、表情も、変わりはしなかったけれど。

確かにユインの纏う雰囲気が、痛く鋭いそれに変わったのも、カーラには感じられた。

…………どうしたって、ユインとネクロードの間に一体何があったのか、カーラには判りようもなかったが、唯、どうしようもない程の何かが、彼等の間には遭ったのだろう、とは察せられて。

ユインのそんな風情、ビクトールのそんな風情、それらを受け取りながら。

故郷を踏み躙られた人や。

相棒として、その人のことを、心から思う人や。

今は亡き、家族の為にここにいる人や。

職務と忠誠を誓った主に忠実である為に、こうしている人や。

痛い程の何かを、『敵』に対して思う人、を。

ふい…………っと、カーラは見回して。

…………ああ、『戦う』って、『こういうこと』なんだな、と。

そんな想いを、胸の中に満たしながら彼は、トンファーを握る手に、それまで以上に力を込めた。

廃城の、最上階での戦いは、『何も生まなかった』。

追い詰めはしたけれど、ネクロードには逃げられてしまい、悔しがるビクトールへ向ける言葉一つ見付けられぬまま、彼等は、その最上階の部屋を後にするしかなかった。

が、グランマイヤーに頼まれたことは果たせたから、差し引きゼロではあると、無理矢理、自分達の中の何かを割り切って、一行は古城の外へと出た。

もう、太陽は西の空の向こうへと落ち掛けていて、今からサウスウィンドゥへと出立しても、道中で日が暮れてしまうのとの想像は容易だったが、ナナミ達のことも心配だし、ここにいても、と、皆の意見は一致をみて、彼等は、行ける所まで、街道を南下しようとした。

…………だが。

「…………あれ? ツァイさん?」

朽ち掛けた城門を抜けようとした時、これから辿ろうとしている街道の向こうから、見知った人々がやって来るのをカーラが見付けた。

「ん? ……ああ、間違いない、ツァイだな。どうしたってんだ? ……って、ツァイだけじゃなく、ナナミ達もいないか? レオナや、アップルも」

彼が、見付けた人影の名を呼べば、どれどれ、とビクトールも瞳を凝らし。

「良かった。皆さん、未だこちらにいらっしゃいましたね」

カーラ達の姿を見付けて、走り寄って来たツァイは、注がれた、幾対もの視線を見渡しながら。

「サウスウィンドゥが、陥落しました」

耳を疑いたくなるような一言を、静かに告げた。