ミューズ、コロネ、と、デュナン湖の北岸地方を制圧した勢いに乗じ、東岸伝いに南下して、サウスウィンドゥ市までをも、ハイランド皇国が陥落した、との事実と。

それが、己に取れる最善の策と考え、降伏の道を選択したグランマイヤー市長が、ハイランド軍の手によって、晒し首にされた、との事実も知らされ。

戻る筈だった場所を失い、只、廃城があるだけの、ノースウィンドゥに留まらざるを得なくなったカーラ達は、この廃村に集うしかなかった仲間達が、何とか揃って座り込める部屋を見付け、これから先、一体どうしようか、と話し合った。

──戦いを知っている者は、ほんの一握りなのに、ハイランド軍は直ぐそこに迫っている、それが、現状だから。

膝付き合わせて話し合ってみても、何とかして逃げ出す方法はないか、とか、そんな風な後ろ向きな意見しか、彼等の口からは洩れなかった。

どんな風体をしていても恐らく、男は見逃して貰えぬだろうから、せめて、女子供だけでも、と。

ぽつりぽつり、男達は言い合い始めたけれど。

ツァイやナナミ達と共に逃げて来た、レオナの、

「逃げるって、何処へ。近くの村へかい? 逃げた処で末路は一緒だよ。もしかすると、『女』ってことが却って、徒になるかも知れないしね。どうせ、ハイランドの連中は、何とも思っちゃいないだろう? 『女』踏み躙ることなんてさ」

との呟きに、その意見は掻き消された。

故に、段々と人々の間には、ここを枕に討ち死にするってのが、行き着く先か? ……と言ったような雰囲気が、漂い始めたが。

「…………何とか、なりませんか。……何とか、なりますよ、きっと。……何とか、なる。方法の一つくらい、きっと」

「じゃあ、やってみようか? やれるだけのこと」

揃いも揃って暗い面持ちになった大人達を見遣りながら、そう言い始めたカーラとユインの声に励まされるように、座り込んでいた石造りの床の上から、男達は立ち上がった。

「……そうだな。やってみなけりゃ、判らねえな」

「…………確かに。人、集められるだけ集めてみるか」

パンっ、と、服に付いた埃を払い落としながら立ち、開き直ったような笑みを浮かべて、男達は言う。

「……あ。そうだわ…………」

──と、ふと、何かを思い出したように、アップルが声を上げた。

「サウスウィンドゥの東にある、ラダトって街まで行ければ。あの人に、協力を頼めるかも知れない……」

「あの人って? 誰のこと? アップルちゃん」

パッと顔を輝かせた彼女の言葉に、きょとん、とナナミが首を傾げた。

「ラダトの街で、手広い交易商を営んでいる、シュウという人です。私の兄弟子なんです、その人。先生の──マッシュ・シルバーバーグの、教え子。マッシュ先生の弟子の中で、一番優秀だったんです。……破門、されちゃいましたけど……」

見上げて来たナナミへ、「あの人はね……」と言いたげに微笑みながら、ビクトールやフリックや、ユインを見渡しながら、アップルは言った。

「マッシュの教え子、か……」

「ええ。だから、シュウ兄さんがいれば、きっと、私達を助ける策を、考えてくれる筈です」

そうして彼女は、ふうん……と物言いた気に呟いたユインへ、強く訴えるようにしながら、ラダトへ行きたいから、一緒に付いて来て欲しい、と、カーラとユインへ頼み込み始めた。

クスクスも、サウスウィンドゥも、その手中に収めたハイランド軍の目を掠めながら、デュナン湖の南岸地方を、西の端から東の端まで辿るのは、それなりに困難な仕事で、けれど、無事に辿り着くこと叶ったラダトの街で。

この性格なら、師と仰いだ人に破門を喰らっても致し方ないと、カーラもユインも揃って頷く程、『一筋縄ではいかない』性格をしていた、交易商のシュウに会い、色々と、紆余曲折はあったけれど、アップル曰く、「軍師としての才能は一級品」ではあるらしい彼の、助成を得ることは出来。

直ぐさま、ノースウィンドゥへと取って返して、丁度、近在の村々や集落を駆けずり回って、戦いに参加してくれる人々を集め終わって戻って来たビクトールやフリック達と、カーラ達は、休む暇もなく、それぞれの成果を報告し合った。

そうしていたら、丁度そこへ、様々な支度を整えつつやって来た、シュウも合流し。

カーラやユインがそうだったように、残りの仲間達も揃って、「あー、この性格じゃあなー……」と、しみじみせざるを得ない風情で、戦いの為の命を下し始めたシュウの采配の下。

ノースウィンドゥの廃城の屋上からなら、その有り難くもない姿が拝める所まで近付いて来た、ソロン・ジー率いるハイランド皇国第四軍と、彼等は。

生き残りを懸けた、攻防戦に突入した。

もしかしたらこの男には、ペテン師の才能もあるのかも知れないと、思わず、の勢いで人々が疑ってしまった程朗々と、シュウが語って聞かせた、攻防戦の為の策は。

一言で言えば、奇襲と挟み撃ちを足して二で割ったような、そんな策だった。

それに関しシュウは、戦をする為に整えて来た幾つかの手筈や、具体的な方法を、仲間達に整然と語ったが。

それを聞いて来たカーラが、こそこそっと傍らのユインに向かって、「難しく聞こえますけど、『雪合戦』と理屈は一緒ですよね?」と語った通り、結局その策は、敵の大将を叩いて追い返せばいい、の一言に尽き。

「うん、そう。そういうこと」

カーラの呟きに、ユインは頷いてみせて。

だったら、少しは勝手が判る、……と。

何を考えているのか今一つ見えないシュウに名指しされ、敵総大将を追い返す役目を担わされたカーラは、一緒に行ってあげるよ、と言ってくれたユインと共に、廃城裏手から、船に乗り込んで、少数の手勢と共に、ソロン・ジー部隊の背後へと、森影に潜むようにしながら、部隊を配置した。

────そうして。

全てが整えられた頃。

鬨の声は上がり。

戦は、始まり。