ミューズの北の草原で、ハイランド軍とぶつかった時のように、荷物の中から黒尽くめの衣装を引き摺り出して来て、それを纏い、戦いに臨んだユインや、「一緒に行って、カーラのこと私が守るんだから!」と言って引かなかったナナミ達と共に、カーラは、戦場と化した草原を駆けた。

成すべきことは一つだけで、その成すべきことも、シュウに言われた通りに行えば良かったし、先日の『雪合戦』と要領は一緒だとユインが言ってくれたから、勝手も判らないことはないし、何より。

相変わらず、遠い異国の戦いの神様のように強い、ユインが一緒にいてくれるから、と。

今まで程には気負うこともなく。

サウスウィンドゥ市の捕虜達の部隊が、何かを切っ掛けにして寝返り、その上、挟み撃ちにされたと知った敵軍が、ジリジリと撤退して行くのを、深追いすることもなく。

カーラは無事に──否、見事、と言って差し支えないくらい立派に、与えられた勤めを果たした。

けれど、恐らく世の殆どの者が、この戦はハイランド軍が勝つと考えるだろう程、その戦が、きつい事この上ない戦であったことには変わりなく。

例えば、ユインだったりナナミだったり、と言った、カーラが個人的に良く知る者達が、怪我もなく、無事に立っているのを見て、ホッと一息付いた後、自分の周囲からも、直ぐそこに聳えて見える廃城の付近からも、割れんばかりの勝鬨が上がり続ける喧噪の中、ふっ……と彼は辺りを見回して、蒼白の顔色になった。

──数える程でしかなくとも、その光景を見遣るのは、決して初めてではなく。

けれど、自分のことや、自分に与えられた役目のことで頭が一杯で、深く、その光景に心傾けることが出来なかった、傭兵砦やミューズの北の森での戦いの時とは違い、生まれたとて、余り有り難いとは言えない、戦いに対するゆとりを持ってしまった彼は、この戦で初めて。

自分に任されて、自分が命を下した部隊の者達や、共に戦った者達が、戦場の直中で、数多、傷付き倒れている姿を、その琥珀色の瞳に焼き付けることが出来たから。

まなこに焼き付けた、その光景を見遣って、蒼白になった。

こういう風に戦うということは、自分が生きるの死ぬの、敵を殺すの殺さないのと、それだけでは済まないのだ、と知り。

自分が命じたことの果てに、『死』という『結果』もあるんだ、と理解し。

それは、何と重たいことなんだろう、そう思って。

蒼白になった彼は、見詰め続ける光景へ向かって、ぽつり、呟きを洩らしていた。

「…………いで……」

──カーラ?」

その刹那、彼の洩らした呟きは、彼以外の誰にも届かぬ小さなもので、傍らにいたユインは、怪訝そうに彼の顔を覗き込んだが、いらえは返らず。

「……死なないで……。死なないで下さい、お願いだからっ……」

彼は、今度はユインにもはっきりと聞き取れる大きさの声で呟きを重ね、きつく目を閉じ、無意識の内に、その右手を掲げた。

………………と。

そんな彼の願いに応えるように、ぱぁ……っと、彼の右手の甲は、緑柱石の如く輝いて、辺り一帯を照らし、天を目指すように昇った輝く光は、薄緑色した雨に似た、光の粒になって、煌めきながら、地へと降った。

…………降り注いだ、薄緑色の光の雨は、次々、大地や人に触れ、触れた途端、弾け飛びつつ掠れ、そして、消えて。

カーラの手より放たれた、その煌めきが費える頃には、地に伏しているしかなかった、傷付いた兵士達が、緩慢に、それでも起き上がり始めた。

「…………え? ……何……?」

傷を負った彼等が、何とかでも立ち上がり始めたから、蒼白だった彼の顔色は、少しずつ元に戻りはしたが、死なないでと、咄嗟に願った人達が救われた、その事実よりも、何が起こったのか、との不安の方に、より、カーラは駆られる。

「………………紋章」

「……はい?」

「……二十七の真の紋章……真なる紋章の、成したことだよ」

すれば、それだけの出来事が起こり、そして終わっても、カーラの傍らに佇み続けたユインが、誠、小さな声で。

『理由』は、真の紋章にある、……と。

そう告げた。

「輝く盾……の?」

「……そう。輝く盾の。君の、紋章の」

「でも、どうして…………」

「それが、『君の紋章』、だから。…………多分、ね……」

そうして、ユインは。

辺りを見回し、矯めつ眇めつ己の右手を見下ろし、最後に自分へと注がれた、カーラの視線を捕らえ返して、半端な高さに掲げられたままの、カーラの右手を掴んで強く引き、そのまま。

「カーラ…………」

────一体、何が起こったのだろう? と。

カーラ自身も、周囲の者も、驚きと戸惑いの入り交じった視線を向けて来る中。

衝動に、駆られたように。

カーラを、抱き竦めた。