己の体を抱き竦めていた腕が、するりと離れて行った後、どうしてそんなことをしたのだと、しつこく問うてみたけれど、誤摩化しとしか思えない適当な言葉と、全てを退けてしまうような笑みとで、ユインへの問いは躱され、その理由を知ることないまま、全てを忘れた振りをして、廃村へ凱旋と洒落込んでみたカーラは、自分を待ち構えていた物凄い歓待に、目を丸くした。

此度の戦の立役者だとか、少年英雄が生まれただとか、癒し手の噂は本当だったんだとか。

古城の中を抜ける石畳の道に沿って立ち並んだ人々が、口々にそんな科白を自分に投げ掛けて来るのを聞きつつ、恥ずかしいような、こそばゆいような、居心地の悪さを覚えるような、腰の落ち着かない感覚をカーラは味わって、少しばかり俯き加減に、そそくさと城内へ消えた。

だが、人々が集う例の部屋でも、興奮しきりの声音で語り掛けて来る仲間達の態度は、城外を取り囲んだ者達のそれと大差なく。

シュウさんに言われる通りにやって、ユインさん達に手伝って貰っただけなんだけどな……、と、もじもじと彼は、ユインの影に隠れるようにして、そろっと立ち尽くした。

そうして、立ち尽くしながら。

これで当分、ハイランドはやって来ないだろうし、だったら、やりようも色々あるんだろうし、皆それぞれ、思い思い、したいように出来て、行きたい場所にも行けて、だから僕達も、これから先どうするか、そろそろ真剣に考えなきゃ。何時までも、ユインさん達に甘えてられないし……と、一人ぼんやり、考えていた。

自分と、ナナミと、ピリカと。何処だったら、居場所を見付けられるか、とか、これからユインは、何処に行くのか、とか、ビクトールやフリック達は、どうするのだろう、とか、どうやって、ジョウイを探そう、とか。

そんなことも、つらつらと。

皆と別れるのは寂しいけれど、皆それぞれ、事情があるだろうから、とも。

先程終わったばかりの戦のことを、ああでもないの、こうでもないのと語り続ける仲間達の声を、何処か遠くに聞きながら。

「カーラ」

……だが、徐に、至極改まったトーンを放ったシュウに、カーラは思考を中断された。

「……あ、はい?」

「いえ、カーラ殿。お願いがあります。──この戦いで我々は一先ず、敵を退けることは出来ましたが、このまま何もしなければ、遠からず、このデュナンは全て、ハイランド皇国のものとなるでしょう。そして、そうなれば、一度反旗を翻してしまった我々の末路は、一つしかありません。…………ですから、カーラ殿。起ったばかりの、小さな軍ではありますが。我々の、この軍──ジョウストン都市同盟の跡を継ぐ、新生同盟軍を率いる者と、なっては頂けませんか」

「……………………は?」

「ですから。貴方に、この軍を率いる、盟主殿になっては頂けませんか、と、そう申し上げているのです。……貴方しか、この軍を率いられる方はいません。義理とは言え、ゲンカク師範の孫息子であり、彼と同じ、輝く盾の紋章を宿している、貴方にしか」

「…………でも、急にそんなこと言われても……」

無理矢理、考え事を打ち切られ、パッと上げた面を、ユインの後ろから覗かせてみれば、真剣な目をして見詰めて来たシュウに、自分達の統率者になって欲しい、と乞われ、カーラは、戸惑いを隠せなかった。

「隠した処で始まりませんから、正直に申し上げましょう。都市同盟では特別な存在だった、ゲンカク師範の孫息子であるということ、輝く盾を宿しているということ、それを『望んだ』のは事実です。……ですがそれ以上に、貴方は、戦う力も、私の立てた策を正しく成す力も、兵士達のことを思い癒す力もお持ちです」

「けど……──

──…………ご存知ですか? 先日の、ミューズで戦いが起こった頃から、ビクトールの傭兵部隊の中に、癒しの手を持つ少年がいる、との噂が、都市同盟の兵士達の間に、まことしやかに流れているのを。……それは、貴方のことですよ、カーラ殿。今回の戦いの以前より、兵士達は皆、貴方を、特別な存在と見ているのですよ。貴方だけを。……ですから、カーラ殿。どうか、我々を導く役を、引き受けては下さいませんか」

捲し立てるように言い募るシュウへ、何処となく、尻込みしたそうな気配をカーラは見せ続けたが、言い募り続ける当人は、微塵も引かなかった。

「え……と。……ええと…………」

それ故カーラは、ひたすら困惑した風に、告げるべき言葉を選ぶような素振りを見せ。

「…………ちょ、一寸っっ。一寸待ってよっ。どうして? だからって、何でカーラが、そんなこと引き受けなきゃならないの? そりゃ私達、ルカ・ブライトの所為で、ハイランドを追い出されて来たけど、それとこれとは、話が別でしょうっ?」

きっぱり断ろうとしない義弟の態度に焦れたのか、シュウへ向かって、ナナミが声を張り上げた。

「私は、カーラ殿と話をしているのであって、部外者の意見など求めてはいない」

しかしシュウは、ナナミの訴えを、つれなく退け。

「ぶ……部外者って……っっ。私は、カーラの姉なのよっっ! カーラは、私の弟なのよっっ。部外者ってどういう意味よっっ。何で私が、私の弟のことに、口挟んじゃ駄目なのよっっ。何処の世界に、自分の弟が危険な目に遭うかも知れないの、放っとく姉がいるのよっっ!」

「義姉だろうが、義弟だろうが、関係はない。それを決めるのは義姉であるお前ではなくて、カーラ殿だろう? 義姉だとて、『他人』の人生や決断に、口を挟めはしない」

「…………こっ……こっ…………この性悪男っっ。絶対絶対、あんたの好きなようになんてさせないんだからっっ。私の弟、あんたの好きになんてさせないわよ、カーラは私の弟なんだからっっ!!」

「……まあまあ。落ち着け、ナナミ。シュウ、あんたもあんただ。物にはもう少し、言い様ってのがあるだろうが。──それぞれの言い分は、俺にも解る。一応な。……だがシュウ、あんたの言う通り、決めるのはカーラ自身だ。でも、今直ぐそれを決めろったって、そりゃあ酷ってもんだろう? 少なくとも一晩くらい、考える時間をカーラにやっても遅くはない。それで、この場は収めないか?」

冷た過ぎる程に冷たいシュウの言い回しに、酷くナナミは興奮し、そこへ、ビクトールが割って入り。

「それでいいか? カーラ。後で、お前の養祖父の話もしてやる。どうして、都市同盟の人間が、ゲンカクの名前に敏感なのか、それも教えてやる。それを知って、納得いくまで考えて。……な? そうしようや」

「………………そうして貰えると、嬉しい、です……。御免なさい、一寸、頭の中色々なことで一杯で……」

差し伸べられた助け舟に、あからさまにホッとしたような表情を、カーラは拵えた。

だから、その場に流れた、まんじりともしない雰囲気は何とか流れ、三々五々人々は散り。

それより暫しの時が流れた、真夜中近く。

──酒場にいるから、ゲンカクの話が聞きたいんだったら来い、と言ったビクトールの許へ、カーラとナナミが向かった後。

一人、先程までカーラと一緒に過ごしていた部屋にて、寝ようかどうしようかと考えていたユインを。

「こんな時間に申し訳ありませんが。お話があります。ユイン……マクドール殿」

そんな科白を引き下げて、シュウが訪ねて来た。